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パトワ語(ジャマイカ)では「ビゴップ」と発音するそうです。そのまま「成り上がってやる!」「宣伝させてくれ!」の意に使われたり、時には「オマエ、最高!」のニュアンスでかけ声や、「ありがとう!」のあいさつとして用いられたり…。
クリエーター、事業家、企業家。まさに「Big Up」気分の真っただ中で張り切っている「若手」さんへエールをこめてBig Up!!

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【水沢悠さんに7つの質問】
:人前に出るのは好きだった? 小学校は学級委員や児童会長を務めました。その学校ではテレビ朝礼を導入していて、職員室のカメラでほとんど毎日撮影されていたんです。合唱クラブにも入っていましたが、先生に指名されて部長を担当。中学のころも後輩に担ぎあげられてキャプテンになりました。だから、人前に出るのは慣れていましたね。
 :小さい頃からモデルになりたかった?
いえ、最初は歌手になりたかった。中学生になって音楽を聴くようになり、もとからコーラスをやっていたこともあって、歌手になりたくなったんです。で、高校1年のころ勝手にオーディションを受けはじめました。そうしたら、あるオーディションで6次審査まであるのに、2次審査の段階で決定をもらい、即上京するように言われたんです。しかし、親に言ったら猛烈に反対されました。親が歌手だったので、絶対に芸能界に入れるつもりがなかったようです。結局、大学を卒業したら好きにしてよいということで、折れました。
:大学はどうしましたか?
20歳の頃、医学部を目指して浪人をしていたのですが、アルバイトをしようと思ってティッシュ配りに応募しました。でも、行ってみたらキャンギャルの仕事で、宣材用の写真を撮られ、あれよあれよと。でも、クラブのイベントでステージに立ったら、自分のちょっとしたアクションにお客さんが返してくれるのが楽しくて、4年くらいやっていました。クライアントに気に入られたのも、続けた理由です。
そんな浪人中に父親が亡くなって、大学どころじゃなくなってしまいました。働かなければ、と。でもキャンギャルの仕事しかしたことがなかったので、とりあえず続けました。
 :モデルになったきっかけは?
キャンギャルはずっと立っている仕事なのでつらいし、笑いっぱしなので精神的にもきつい。そんな中で、レースクイーンの案件があるから、オーディションに出てみないか、と聞かされ、応募してみたんです。面接に行ったら決まりましたが、最終戦の季節だったので来年からと言われました。でも、どうしてもすぐに働きたいとプッシュしたら、その週末にあったスーパー耐久レースの最終レースに行かせてもらいました。11月の茂木で寒くて震えながらも、笑い続けました。いい経験ですね。
帰ってきたら、その事務所からグラビアDVDの発売が決まりました。「人前で水着になるのは無理」と最初は断ったんですが、こんなチャンスはないと口説かれてしまって。そこからは、レースクイーンの仕事とグラビアをやりつつ、大阪と東京を往復する生活が始まりました。
:モデル活動は順調に進んだ?
仕事はあったんですが、大阪と東京を1ヶ月に8往復するようになって、体がつらくなってきました。そんな時に、東京で関西時代の女友達とばったり出会って、居候をスタート。そのまま転居して、二人で住むようになりました。
あと、将来性を考えるとグラビア1本も難しいだろうと思い始めました。普通のグラビアは遅くても18歳くらいからなのに、私はすでに23歳。ステージやスチールのモデルに方向転換しました。長くできる、広告モデルの方に行きたかったんです。この時点で、水沢悠という芸名に変えました。
しかし、改名することで、キャリアがゼロになるプレッシャーと、もうちょっと痩せなければとダイエットするストレスで、逆に7〜8kg太ってしまったんです。そんなに食べてたわけじゃないのに。精神的なものだと思います。
:スランプからどうやって脱出した?
体重がなかなか落ちなくて、気分転換に髪の毛をショートカットにしたんですが、太っているのが強調されてしまうという悪循環になってしまいました。カメラの前でもいい笑顔ができなくなり、「こんな自分では人前に出たくない」と落ち込みました。
しばらく悩んでいたんですが、モデルだからといって、がりがりに痩せる必要はないと考えるようになりました。健康的が一番、と肩の力を抜いたら、体重も落ちて、仕事も来るようになったんです。
 :今後の予定は?
父親が不動産会社をやっていたんですが、今はなくなってしまいました。私は負けず嫌いなので、リベンジではないですが、父の会社を復活させたいと思っています。
まずは宅地建物取引主任者の資格を取ろうと思い、5月からモデルの仕事を半分休業して、勉強をしています。4月から不動産系のアルバイトもはじめて、ちょっとずつ業界に携わろうと思っています。キャンギャルやモデルとは全く違う仕事ですが、不動産業は自分に向いていると感じています。お客さんを物件に連れて行って、説明をすると反応がとてもよく、決めてくれる人もいる。入居した人が待機場所に差し入れを持ってきてくれたときには嬉しくて泣きそうでした。
宅建の試験は10月で、もちろん受かるつもりです。その後は、マンション管理士が12月に試験で、こちらも自信があります。その後はファイナンシャルプランナーを目指します。今は派遣ですが、そのうちきちんと就職する必要があると思います。
とはいえ、宅建が終わったら、モデルの仕事量を元に戻す予定。モデルもやりたいし、不動産もやりたいし、実は歌もやりたい。歌手としては完全に遅いけど、モデルの仕事と織り交ぜつつ何かやっていけたらなと思う。全部やりたいことだから、全部やるしかないかな。全部妥協できない。これをやめとこうか、とは思えないんです。

取材を終えて
非常にパワフルで、行動に明確な指針がある。将来のことも考えてるし、でも好きなことをするという自由人的なところもある。あと、初見では分かりにくいが、水沢悠さんは非常に真面目。キレイどころなので軽い感じかと思いきや、そうではないのだ。あと、過去の仕事をちょっと拝見したが、なかなかにいい感じ。仕事の選定にも気を配っているので、今後もあちこちで見かけることがあるでしょう。

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