はいコチラ、酔っぱライ部

「間に合った」という喜び

2012 / 02 / 28

ずいぶん前に手に入れたまま読んでいなかったオリジン社版の「歌舞伎ちょっといい話」(戸板康二・著 平成6年刊 現在は岩波現代文庫所収)をひと月かけて先日ようやく読み終わりました。
これは随筆・小説家で演劇評論家でもあった故・戸板康二さんが芸能・文化・社会などで聴き集めたさまざまなエピソードや逸話を集めた「いい話」シリーズの番外編というべきもので、昭和58年から平成4年にかけて歌舞伎座の「筋書」(プログラムですね)に掲載されたその月の上演演目についての「ちょっといい話」の抄本。
たとえば「春興鏡獅子」の「毛振り」の動きにはそれぞれ「髪洗い」、「巴」、「菖蒲叩き」といった名前が付いている、なんてことがさらっと書いてあって、まだ20年ほどしか「見物歴」のない僕が読んでも「ほほう」、「へぇ」なんて思うことがたくさんあってたいへんに面白い。読むのに時間がかかったのは書いてあることから想起して考えることが多かったのももちろんあるけれど、それよりもさっさと読むのがもったいなくてちびちび読んでいたせいもあります。それくらい興味をひかれた本でした。
巻末には演目外題の索引も付いていて、その演目について書かれた頁がわかるようになっている。たとえば見物に行く前の日にその演目についての逸話を読んで行けば「仮免」の「芝居通」になったような気分(これを俗に「半可通」といいます)に浸ったり、一緒に行った妻や友人に話して自慢もできます。しませんが。いや、するかな。

d20120228a_pic.jpgところでこの本の最後のほう、平成4年というと僕がそろそろ歌舞伎を見始めたころで、その年の11月の項に、この月上演の「京鹿子娘三人道成寺」について、

「三人道成寺」で、女形三代が競演するのは演劇史上初めてである。
親子二代の「連獅子」よりも、もっと珍しく、記憶されていい企画といえよう

などと書いてある。ところがその文章ではその「親子三代」というのが「どの親子か」ということには触れられておらず(そりゃそうでしょうね、筋書きに出演者は詳しく載っている)、思わず「平成4年ならもう見物を始めていたはず。はて誰だったろう?」と考えてしまった。
とっさに浮かんだのは「梅幸(七代目・95年没)―菊五郎(七代目)―菊之助(五代目)」という「三代」で、調べてみたらそれで結果的には「正解」だったのだけれど、その瞬間は「いや20年前は菊之助さんはまだ子供だから」などと考えて確信が持てなかった。実際にはその年菊之助さんは15歳(この時はまだ丑之助)。ぎりぎり間に合って名優である父・祖父と共に舞台に立てたということになります。15歳で道成寺、いやすごいですね。

ここで話はいきなり変わって落語界、「今そこ演芸団」というNPO活動のことについて書きます。これは正しく言うと「今そこに落語と笑いを届ける演芸団」という組織で、例の震災に関連しての活動。HPからその成り立ちを引用します。

</以下引用>
落語家さんを呼びたいんだけど予算もないし、どこへ頼んでいいか分からない。
そんな被災地の声を聞きました。
被災地に落語のボランティアに行きたいんだけど、交通費も大変だし、
被災地以外での仕事が激減し余裕がなくなっている。
そんな若手落語家の声を聞きました。
私たちは、笑いや落語を配達します。被災地などの町内会や児童福祉施設、
病院の小児病棟など、求められる場所へ落語会を届けます。
落語ファンや落語家、落語会の主催者、出版社やレコードメーカーなど、
落語によって生かされたり、落語の恩恵を受けている方々に
さまざまな形で寄付を願って、活動資金を捻出します。
落語会を開催したいという方、被災地に行く予定があるけれど
資金面の援助が必要な落語家のみなさん、ぜひ私たちにアプローチしてください。
まだ立ち上がったばかりで、よちよち歩きの組織ですが、
いっときの熱意だけではなく、長い目で取り組む心づもりです。
落語をしゃべれる場所を作り、落語を聴く落語ファンを1人でも2人でも
作ることができたら、「今そこ演芸団」にとって望外の喜びでございます。
</引用終わり>

d20120228b_pic.jpg実に楽しい企画で、その動きのおもしろさに共鳴したこともあって、じつはワタクシ依頼されてその団体のロゴ・マークのデザインをさせていただきました。この間、落語コラムニストにしてその「今そこ演芸団」の事務局長でもある渡邊寧久さんという方と初めてお目にかかったときのことです。
もちろん二人とも「落語愛好者」、お互いの「落語遍歴」について(もちろん呑みながら)話して「誰を聴いて育ったか」という話題に及び、「六代目圓生師匠(79年没)と十代目馬生師匠(82年没)には間に合った」、「五代目志ん生師匠には間に合わなかった」なんていう話になった。ようするに「生前に生で聴いたか、聴いていないか」ということなんですけど、演芸や舞台の世界ではこんな風に言うんですね。「間に合った」。

最初この表現を聞いたときにはなにやら怖ろしくて違和感もあったけれど、自分でも使ううちになんだか切ないながらもいい言葉だな、と思うようになった。「時代を共有した」、「同じ空気を吸っていた」、という気持ちを表していると同時にこの表現が「ライブを体験する」ということを実によく体現している、と感じたわけです。
明治の名人・三代目柳家小さん師匠の落語(もちろん間に合ってません)が、かの夏目漱石翁をして「彼と時を同じうして生きている我々は大変な仕合せである」(「三四郎」)と言わしめた思いと同じことでもありましょうか、テープやレコード・CDの再生音ではなく「声帯から発せられた空気の振動」を自らの耳と眼で感受したことがどれだけ自分にとって宝物のようなことであるか、という気分をよく表していると思うようになりました。

そこで先ほどの戸板さんの本の話に戻ります。つまりあの「三人道成寺」の項を読んだとき、「七代目梅幸丈」の舞台に僕は「間に合ったんだ」ということを確認したんですね(やっとつながりました)。僕にとって歌舞伎見物歴の初期でありながら、その舞台を確かに覚えているということも驚きで、とても華やかで美しい舞台を「いい話」を読みながら思い浮かべたのでした。
そんなことを考えながら今日も晩酌をしていると、舞台や音楽と同様に味も、そして今感じている匂いも畢竟「一期一会」であるわけで、呑んでいる酒(喜久酔・本醸造)も肴(牛すじと大根の鍋・青ネギ入り)も感謝しつつ甘受したいものだ(そっちかい)と思わず手を合わせる次第であります。酔っぱらうと忘れるけど。

というわけで今回はコレにて。毎度「貧しくとも楽しい食卓」を目指すレシピは少し気の利いたスーパーなら必ず棚に見つけられる豚の白モツを使った「酢モツ」。お供には焼酎のロックに胡瓜の千切りを入れた通称「カッパ」でGO!

sd20120228c_pic.jpgd20120228d_pic.jpgd20120228e_pic.jpgああそうそう。今回からWEBならではの使い方として、試しにレシピ・イラストを縦スクロールで見られるようにしてみました。これなら携帯からも見ていただけるんではないでしょうか。ご感想などありましたらぜひお聞かせくださいませ。

【Panjaめも】
●「歌舞伎 ちょっといい話 」戸板康二 著

七代目尾上梅幸丈
(歌舞伎公式ホームページ「歌舞伎 on the web」から)











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