はいコチラ、酔っぱライ部

ゲロッパ! 文士の食卓

2012 / 07 / 17

ずっと探してやっと見つけた本を先週読み終わりました。書き込みはあるし、小口も汚れているし、とちょっと程度のあまりよろしくないものだったんですが、内容がいいのであまり気になりません。今回は「本」ネタです。
探していたのは『文人悪食』。日本近代文学の文人達が「何を食べていたか」を詳細な調査に基づいて活写した嵐山光三郎さんの労作です。 実はこの本の続編である『文人暴食』(マガジンハウス版)のほうを何気なく手にして読んでみたらベラボウに面白かったので本編のほうをできれば「ハードカバー」で読みたくてずっと探していたのでした。で、期待に違わず大変面白かった、というお話。

d20120703_pic_a.jpg嵐山光三郎さん。その昔、雑誌・宝島で「チューサン階級の友」という連載をされていた頃からのファンで、軽妙洒脱でしかも含蓄が深いところが魅力です。「素人包丁記」などのエッセイもずいぶん読みました。いっときは「?したのでR」とかいう表現、ずいぶん流行りましたよね。「タモリ倶楽部」や「笑っていいとも!」なんかにも出ていたっけ。個人的には癖のある気むずかしい博学な人、という印象の方が強いですが。
この『文人悪食』と『文人暴食』は、最初に書いたとおり近代日本文学のそうそうたる文士達が創作活動をしながら「何を食べていたか」を微に入り細を穿って描写しています。漱石が、啄木が、そして谷崎が何を食べていたか、ご興味のある方はぜひどうぞ。傑作です。文庫なら今でも手に入ります。

さて、この本の魅力。もちろんその文士達の食生活も大変に興味深く、かつ面白いのでありますが、僕が瞠目するのはその小説家が、詩・歌人が、生きて生活していたその家の空気の匂いがまるでそこから立ち上るかのような著者のその表現の妙です。
たとえば、

「一葉の文体には、爆発を誘起させる煮物の匂いがする」
(樋口一葉・ドブ板の町のカステイラ『文人悪食』p70)

「なにが欲しいのか自分でわからない。その分裂した自己の裂けめに、尖光として刺しこむ魔的な光景が朔太郎の詩なのである」
(萩原朔太郎・雲雀料理『文人悪食』p201)

「怖ろしいほど凍った漬物である。氷点下十五度の廊下が氷の破片でいっぱいだというのだから、漬物は氷の凶器である。犀星の詩は氷点下に通じる硬質な刃があり、言葉は鋭い透明な破片となって八方へ散る。その言葉がやがて溶けて水となるはかなさこそが人間の営みであって、五十七歳の老人がなたで氷の漬物を砕いている図は恐怖映画を見るようだ」
(室生犀星・復讐的食卓『文人暴食』p299)

d20120703_pic_b.jpgすごいなぁ。こういう表現にぶつかると、ちょっと震えてしまう。もちろん著者独特の解釈であることを承知の上でではあるけれど、それでもなにかその文人の奥底にある見てはイケナイ真実を見てしまったような気分になる。ウマイ!と膝をたたきます。
で、この本の主題はもちろん「食」なのに、なぜか「食欲」をそそらない。というのもたしかに「食」が主題ではあるけれど、描写の目的は「人」の「生態」であって、食べ物のことは書いてあっても「匂い」こそすれ、むしろ「味わいたくない」ものの方が多かったりするからでしょう。南方熊楠に至っては「ゲロの名人」という表現まであって、さすがにそれは味わいたくない。菊池寛の項にも「吐くこと」が出てきます。まぁこちらも食い意地が張っているので、

「寛によれば、料理がうまいのは喉三寸であるから、食べたものを胃に負担させないためには吐いてしまった方がいい。胃には消化力だけを負担させる。その方が肥満防止になるという考え方だ」
(菊池寛・食っては吐く『文人悪食』p215)

という下りなどは正直いささか同感するところもあります。もちろん吐きませんけど。ともあれ文人は吐くことが好きだったか、あるいは文人にとっての「書く」とは「身の内にあるものを『吐く』こと」であったか。

d20120703_pic_c.jpgところでこの中古で手に入れたハードカバー版の『文人悪食』。冒頭で「あまり程度がよろしくない」と書きました。というのも本文中いたるところに水色や黒のボールペンでカギ括弧や傍線が書かれているからで、「高村光太郎・喉に嵐」の項に至っては最終ページにボールペンの「インクだまり」を擦(なす)ったような形跡があってそれが小口までも汚している、という状態。 まぁ「本」に対する態度は人それぞれ、ということであきらめもつくんですが、解せないのは括弧や傍線の存在です。その意味がよくわからないんだな。
たとえば「志賀直哉 金目のガマの味噌汁」の項。

「その前日、私は中央公論社が主催する文芸講演会で谷崎潤一郎を見たのだが、谷崎には脂ぎった妖気が漂い、異界から来た手配師という気配があった」

と言うこの文章、この「手配師」というところに唐突に傍線が引いてある。「私」とはもちろん「著者(=嵐山氏)」です。こういう箇所に突然ぶつかると、「なぜここ(『手配師』)に? しかもここはこの項目の主人公についての描写じゃないじゃん!」などと妙に気になって、一瞬頭が本筋から離れてしまう。
「岡本かの子」の項の「蛙顔の女が野薔薇と名のるのだから、すでにこのへんから怖ろしい」という箇所や「内田百?」を表した「借金中毒症とでもいったらいいのだろうか」というところを黒ボールペンの括弧で閉じてあるのもよくわからない。ああ気になる。
まぁこれも古本を読む楽しみのひとつと言えなくもないけれど、本が単なる「もの」として扱われている(まぁ「もの」なんですけど)ようで気に障るのは古いタイプの人間だからでしょうね。

d20120703_pic_d.jpgそんな文士の食卓をかいま見た後の夜は、ここは本寸法に「カクヤのこうこ」で冷茶漬けで呑んだ後の〆を。落語「酢豆腐」にも出てくる一品。この噺もあまり「食べたく」はならないよなぁ。お茶漬けさらさら。もちろん吐きません。

【Panjaめも】
文人悪食(新潮文庫)

文人暴食(新潮文庫)

カクヤのこうこ
本来は「覚弥の香々」だそうですね。こちらのページで勉強させていただきました  

 











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