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はいコチラ、酔っぱライ部
破天荒について考える
2013 / 02 / 12
先日の深夜、蒲団に入る間際に歯を磨きながらぼんやり眺めていたテレビで成田屋・十二代市川團十郎丈の訃報に接した。
思わず驚きの声を出してとまどったまま眠りについたせいか、悪夢にうなされて朝を迎えてしまい、あらためて自分でも知らぬうちに十二代目の存在が心の中である種の大きさを占めるようになっていたことを思わぬ形で知らされることになった。
中村屋さんといい成田屋さんといい、それが抗いようのない自然の摂理であるとは言え、中堅・ベテランとして後続の指導に当たる重要な役者が失われたことは、歌舞伎界にとって大きな損失であることは間違いない。どうにも「新・歌舞伎座」へと向かうモチベーションが上がらない、というのが正直なところである。
今回は「牛すじとネギの煮物」をどうぞ。
レシピは後半にてどうやらこれは歌舞伎ファンに共通な心境のようで、やっと数年に亘る休場期間を終えて、杮葺(こけら)落としを迎える歌舞伎座の会員用先行前売りは、すでに始まって数日たっているにもかかわらず、桟敷席と土日以外の席はまだほとんど「空席有り」の状態(2/10現在)だ。
たぶんとまどっているんだろう、と思う。それほど大きな穴が開いたと言うことなんだろうと推測する。お二人の思いや如何ばかりか、とも思う。
「こんなとき『言葉がない』と書くのは物書きとして失格である」と先達は言ったけれど、じっさい何をどう書いても空疎になってしまう気がするのは現時点での僕の限界です。もうしわけない。
どうにも顔が下を向きそうになるので話を変える。
ところで成田屋さんと言えば「十八番」である。「十八番」といえば「荒事」である。
みなさん、この十八番、全部言えますか。もちろん僕もいくつかは知っているけれど全部は言えない。調べてコピペしてみました。
1.『助六』(すけろく)
2.『矢の根』(やのね)
3.『関羽』(かんう)
4.『不動』(ふどう)
5.『象引』(ぞうひき)
6.『毛抜』(けぬき)
7.『外郎売』(ういろううり)
8.『暫』(しばらく)
9.『七つ面』(ななつめん)
10.『解脱』(げだつ)
11.『嫐』(うわなり)
12.『蛇柳』(じゃやなぎ)
13.『鳴神』(なるかみ)
14.『鎌髭』(かまひげ)
15.『景清』(かげきよ)
16.『不破』(ふわ)
17.『押戻』(おしもどし)
18.『勧進帳』(かんじんちょう)
どうです。有名なものもあるけれど「解脱」とか「嫐」、「不動」、「不破」なんて僕は見たことありません。数えてみても見物したことがあるのは八作品、半分もないくらいだ。
で、この「荒事」。「歌舞伎辞典」(平凡社・1980年初版)をひいてみます。
あらごと【荒事】
歌舞伎の演技様式の一。(中略)稚気に溢れ、力に満ちた勇壮活発な人物の行動を表す。六方、見得、つらね、隈取、三本太刀など、独特の表現や小道具を伴うのが常で、七、八歳の子供の心で演じよとか、くくり猿のように体を丸くして演じよといった心得が伝えられている。語源は荒武者事の略といわれているが、定かでない。(後略)
全文は長いので主要部分だけですが、だいたいおわかりでしょうか。
また物語自体がかなり破天荒な設定であることも特徴で、巨大な鉄製の「毛抜」が宙に浮いたり(ま、動力源は強力磁石ですけど)、二人の力持ちが「象」で綱引き(そういえば若沖の作品にも「象」が出てくる。調べると象が日本に初めて渡来したのは室町時代だそうで「うへー」です。象も大変だ)したり、と大方がずいぶん無茶なストーリーであります。
「そういえば歌舞伎ってどだい破天荒な話が多いんよなぁ」
成田屋さんの訃報をうけてそんなことを考えていたら、落語も負けないくらい破天荒だということを思い出させてくれたのが、先週の落語会で伺った柳家喬太郎師匠の「綿医者」という演目。いやこれがまたすごいのなんの。
あらすじはこうです。
ある日激しい腹痛を訴えて医者の診療所を訪れた男。
診てみると、どうやら内臓がイケナイことになっているらしいので
医者は「全部取っ替えよう」という。
麻酔もせずにスッパリとやって次々に内臓を取り出す医師。
おなかはスッカラカン。
ところが代わりの内臓が来るまでには日にちがかかるので
代わりに何かを詰めておこうとつめたのが「綿」。
とりあえず痛みも治まったので祝に酒を飲んでもいいかと聞くと
医者は「何でも飲んでいい」という。
そこで酒盛りを始めた男は……
サゲは書きません。というか「サゲ」はあってもなくてもいいような噺で、そこへ至る経緯が主眼。とはいえこんな無茶な噺は喬太郎師匠でなければできないだろう、と思わせる芸の力でグイグイとこちらに「?」と思わせる暇も与えず、大笑いさせてもらいました。
内臓を取り出してるところに来る客が「モツ焼き屋の主人」に「手術始めると来るんだよなぁ」なんて、ブラックもいいとこ。破天荒を越えてシュールですらあります。
十八番こそないけれど落語にも「あたま山」、「地獄百景」、「死神」、「館林」、「そば清」、「犬の目」……破天荒な噺はいくらもある。
落語と歌舞伎、その「破天荒」の種類こそ違え、その「非論(倫)理性」をねじ伏せるのは演者の経験と力量と技術。返す返すもお二方の物故が惜しまれます。
まぁいくら嘆いても詮無いこと。いま現存して活躍する役者さん、噺家さんに存分に力を発揮してもらわなければならないことは、見物の僕らが言わずともあちらでよくご存知のことでしょう。
よりいっそうの精進をしてもらうためにも小屋へ、寄席へ、ホールへ、可能な限り足を運んで応援したい、と落語会からの帰り道、節分も過ぎたのというのにまだ寒さの厳しい夜空の下を歩きながら思った次第であります。
そんな寒い夜には温かいものを。「牛すじとネギの煮物」あたりで燗酒をおなかに仕込んで明日への活力とするとしましょうか。
しつこいインフルがまだ力を残している昨今、今朝の電車に乗車されていたご高齢の女性。
風邪を引いているらしくマスクをしているのは感心だけど、中が濡れて気持ち悪いからってクシャミをするときマスクをはずしたら意味ないですから!
体罰はしないけど教育的指導! ぐるぐるパッ(教育的指導のポーズ)!
どうぞ各々方、まだまだご油断召されぬよう。
【Panjaめも】
●喬太郎師匠の「綿医者」。DVDにもなっております。
ちなみに、これ「古典」です。
上方出身の噺家、故・桂小文治さんがやっていたナンセンス落語とか
●私、あの「まぐまぐ」でメールマガジンを始めました
「モリモト・パンジャのおいしい遊び」
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