<想像力>
ウチの母はよく新聞を読みます。暇さえあれば新聞を広げ、見ると大抵居眠り。でも何とか読みきっているらしい。しかもおカタイ日経。本人曰く、”社会への窓”・・・そうかもしれない。そして切り抜きをします。その切り抜きの行き先の1つは私。以前はかなりの量でした。
“手を動かさずにいる”ことのない私は新聞を殆ど読みません。(言い訳になりますが!)
電車の中でも何かをしています。せっぱつまると歩きながらも縫い物をし、そのままビーズ針に糸を通せた時は我ながらおお、と思いました。人間鍛えればけっこう出来るようになるものです。でも最近はあまりやらなくなりました。机にちゃんと座っていないと出来ないものが増えたのと、結構疲れるので。(自分でもアンデルセン童話に出てくる、何があってもいぐさを編み続ける女の子の様だとおかしくなってしまいます)
度々の抗議の甲斐あってだいぶ量の減った切り抜き、これを持って出かけることも増えてきました。本心はとにかくあちこちに散らばっている切抜きを減らしたい一心なのですが。その中の1つに安藤忠雄さんの話がありました。ついうっかり1度読んで捨ててしまったのですが、想像力についての話でした。ドアに注意書きがあって”このドアの向こうに人がいるかもしれませんので気を付けて下さい”これにはびっくり。こんなことはちょっと想像すればわかること。想像力とはこういうものだ。こんな内容だったと思います。私は妙に納得してしまいました。
想像力というと特別な才能の様に思われたり、アーティストとかデザイナーと呼ばれる人々のものと思われがちですが、実はとても身近なものです。こうしたら相手はどうするかな、というコミュニケーションの延長、あるいはバリエーションです。
私のつくるものもそうです。どうしたら思いが伝わるかな、こんな形にしたらどう使うかな、いつも想像しながらつくります。ものが好きなだけではつくれません。
“どうどう?この貝すごく可愛いでしょ、きれいでしょ!”
“こ〜んな長くてちょっと大変そうに見えるけど色々に使えて楽しいでしょ、あなたならどう使います?”
いろいろなメッセージを託しています。
少しずつ読んでいますがどんどん溜まっていく切り抜き。○○談や、△△ランキング、ビックリするほど難しい経済論、なぜか子育て記、etc etc・・・。ま、一生かかってのんびり読みますので。 |