<言葉の力>
結構、CM好きです。
時代の空気を読み、秒単位で関心をひきつけ、心に植えつける。極限まで削り、ふくらませ、世界をつくるCMは俳句の様でもあり芸術的でさえあります。もちろん、うんざりして消したくなるものもあり、それもまた”芸術”なのでしょうか。
最近お気に入りのCMに新聞社のものがあります。
この頃の新聞社の宣伝は、時代に訴えるちょっと気の利いたものが増え・・・と言うか以前は宣伝てしてたっけ?という感じです。私の心に残ったCMは”言葉は○○”を重ねてゆき、言葉には人を助けることも傷つけることも、世界を変えてゆくことも出来る力がある、といった訴えでした。新聞のことは忘れて(シツレイ!)その言葉と映像にちょっと熱くなったりしてしまいます。
言葉を話し、理解するのは人間だけです。コタロウもちょっとは理解し、時にはコイツ分かっているのではと思うこともありますが、とりあえずしゃべったことはありません。言葉は本当に複雑で、同じ言葉でも込める気持ちで意味は変化します。そして、言葉は耳からと目から入ってくる場合とで伝え方が違うと思います。文章になっている場合、声の調子、あるいは表情などの助けがなく一方通行なので何か他の手段が必要です。その分、伝える面白さもあり私はカタカナにしたり、こねくり回したりして楽しんでいます。
何年か前、松屋銀座で知り合ったmichikoさんからお手紙を頂きました。度々お会いする機会も多く、電話やメール、そしてお手紙もいただくことの多い方です。たくさんしって、たくさん笑い、そしてある意味たくさんの所を通らされて来たmichikoさん。そのmichikoさんから改めて便箋4枚のラブレター。一つ一つの言葉が○○の様でした。
ここの○○には何がふさわしいのでしょう。
私は岩盤浴をイメージしました。体験はないのですがじんわり身体に染み渡っていくあたたかみが似ている様に思えます。特にうれしかったのは”心が寄り添うようなお付き合い”という言葉でした。そしてその気持ちをきちんと伝えたかったとありました。度々お話しする機会があり、気持ちは十分伝わっている様に思っていたのですが、言葉にする、と言うことの大切さ、うれしさを改めて味あわせていただきました。
聖書のヨハネによる福音書という所の1番最初に”はじめに言葉があった。言葉は神であった”とあります。何と含蓄のある言葉でしょう、世の初めから言葉があったというのです。言葉をいただいてる人間として、言葉を大切にしたいと思いました。 |