<どうしても手に入れたいもの>
先日テレビで誰かが言っていた。
”必要で買うのではない。どうしても手に入れたいもの。”それこそをつくり出したい、とかいう内容だったと思う。
必要なものは必ず買う。納得しなくても間に合わせでも取りあえず手に入れなければならない。食べ物、住むところ、寒くない様恥ずかしくない様に着るもの・・・。生きる為に必要なものから便利なものまで実に様々必要なものは沢山あって、結構大変だ。
なかなか必要でないものには手が回らない。と思いきや、意外と必要のないものに私たちは囲まれている。
これは必要だろうか?という目で身の回りの1つ1つを見てみる。いや、これは・・・あれは・・・と1つ1つに言い訳の出来る自分が何となくおかしい。人から見ればガラクタに近いものが殆ど。でもそれが人の人たるところかも。必要のないものを欲しがるのは人間くらい。あ、カラスもです。カラスは青いものを集める習性があるそう。
これらはどうやって私のところへ来たのだろうか。パッケージやとっくに読み終えた雑誌のように漂着物的滞積物。数々のお道具や素材、作りかけのものから、整理しようと思っているものまで、私の机周りだけでもオソロシイ程のものの山。これらは必要なのだろうか?必要なのヨ!と即答する一方でホントはわからない・・・と思う。私のつくるビジュだってそうだ。これが無くても死んだりはしない。本当は必要ないものかも・・・。でもなぜお金を出してまで手に入れようとしてくださるのか・・・?いつも私の心にある”?”。この”?”はずっと無くさない様にしようと思う。
先日また”必要のないもの”を買ってしまった。この春夏コレクションの中で私が1番!と思っていたジル・サンダーのオーバードレス。円形チュールを2枚縫い合わせた貫頭衣みたいなもの。こんなもの何処へ着ていくの?だが、手に入るかもの可能性が出来た時点で、”どうしても手にいれなければ”になってしまった。
ものをつくる1人として、こういう感激をしたアーカイブ的なものは手元に置かなくてはと思う。お金を出して手に入れる、悩んで手に入れる、悩みつつもガンコな意思をもって手に入れる。これは大切なことだと思う。手に入れたものに触れるたび、私はつくり手の創造力に溜息をし、自分の力の及ばずにがっくり来る。でもちょっぴりつくり手の思いに共感出来た自分をうれしくも思ったりする。
あ、先日のテレビの方が作っていたのはとんでもないスポーツカーとかでした。無塗装のアルミボディ、聞いただけでもほれぼれしてしまいます。あちらはどんなに惚れても手が出ない。 |