巣(2)
(前回からの続き)姉との生活を終え、一転、ひとり暮らしを始めました。
最初の2年間は何事もなく過ぎました。何度かゴキブリが出て大騒ぎしましたが、それはまあ、よくあることです。 ある晩、10時頃だったでしょうか、洗濯をしようとベランダに出ると、給湯器の上に鳩が2羽座っていました。
「あ、失礼しました」 引き下がりかけて、…ん、待てよ?再度確認。間違いない。やはり、鳩です。そして給湯器の下には、皆さんお馴染み、大量の「落し物」が…。
疲れていたのでいちいち反応する気にもなれず、適当に追い払った後給湯器の上を物でふさぎ、落し物の始末をしてひと安心。ところがどっこい、彼らはよほどうちが気に入ったのでしょう。次の日も次の日もやってきては、ベランダの隅に設けられた少し奥まったスペースで、うろうろ、うろうろと嬉しそうに歩き回るのです。光り物をぶら下げたところで効果なし。いつしかそこで夜を越すようになり、夜明けとともに「ぐるっぐ、ぐるっぐ」「ぼー、ぼー」と、いずれにしても「ぽっぽっぽっ」とは程遠い声で合唱し出す上、ついには小枝まで運び込み始めたので、最終的な防御策として、ベランダ全体を網ですっぽり覆うことになりました。(ちなみに、その網も例の姉が作ってくれました)
小さな、小さな部屋でした。部屋が狭ければベランダも狭い。とても鳩さんたちと暮らしていける余裕はないのです。
鳩が来る心配はなくなりましたが、今度はその網のせいで、何ともいえない圧迫感に悩まされるようになりました。本当に小さなベランダでしたが、それでも見晴らしだけは良く、思えば月に一度、給料日に喫茶店で一杯のコーヒーを飲むことが唯一のぜいたくという質素な暮らしの中、春は桜、秋は紅葉と部屋から眺める季節の移り変わりにどれだけ心慰められてきたことでしょう。もちろん網越しにも景色は見えます。でも、やはり違うのです。 「鉄格子の向こうの空を眺めては、自由になりたいとただそれだけを考えていた」 そんな小説の一節が浮かんできそうなほど、その環境は窮屈以外の何者でもなく、4ヶ月がたった頃さすがにもういいだろうと網の裾を50センチほどまくってみたところ、どこで見張っていたのか再びおそろいでやってき始めたので(君たち今までどこにいたの?)、網をはずすことは断念、半年後、その部屋を出て今のマンションに引っ越すまで、私の牢獄暮らしは続いたのでありました。
ここでちょっと余談ですが、動物愛護というのはいったいどのあたりまでの動物を指すのでしょうか?たとえば、ほう酸ダンゴ。これ、家庭の必需品ですね。それでは、野良犬撲滅毒ダンゴ、こちらはどうでしょう。「野犬の通りそうなところにばらまいておきましょう。食べた犬だけでなく、その仲間や子犬まで、いっきに死に追いやれます」こんなコマーシャルが流れたら、それこそ抗議殺到、作った会社はきっと大変な目に遭うでしょう。野良犬の増加は人間の責任。でも、ゴキブリの増加だって、その原因の多くは人間にあるといいます。ゴキブリホイホイが世の脚光を浴びるなら、野良犬ホイホイだって許されるはず。犬がだめなら、ゴキブリだって、だめでしょう?
しかし私自身、クモは殺せても、鳩は殺せません。同じ虫でも、ハエはたたけるのに、ちょうちょだと「ひどい」「かわいそう」という感情が先にきます。犬だって大好きです。ほんと、勝手なものだなあと思います。
さて、今住んでいるマンションですが、実はここ、以前姉と暮らしていたマンションのすぐ近くに建っているんです。どうも嫌な予感がしました。そして、その予感は的中しました。(またまた次回へ続く) |