
湯けむり企画 その2 ―旅館での日々―
「環境を変えることで何かが掴めるかもしれない。」
一応は大きな志を持ちつつ臨んだ新生活。そこで待ち受けていたのは、決してきれいとは言えない小さな寮に、山と川、それに虫!!旅館としては想像していたよりもかなり規模が大きく、求人広告を見てあちこちから私のような人が集まっていて、中には10代の子もいたりと少しびっくりしたのですが、そんなことよりも最初はもう、とにかく心細いの一点張り。夜がくるたび布団の中で、泣きながらホームシックと闘っていました。
しかし、人間ってたくましいものです。ふた月もする頃には環境にもすっかり馴染み、それに伴い態度もどんどんでかくなり…。どんな場所でも住めば天国。なるほどなあ。思い知ったというわけです。
旅館の朝は早いです。6時にはすっかり身支度を整え、朝食の準備にとりかかります。準備が済んだら、お客さまよりも先に自分たちのごはんをいただきます。
朝食の後片付けのあとは、ちょっと一服。お茶とお菓子でぺちゃくちゃ。チェックアウトがひと通り済んだのを確認してからやれやれと腰を上げ、お昼までにお部屋の掃除、そしてその日のお客様を迎える準備まで終わらせてしまいます。
昼食をいただき、おおよそ3時間の長い昼休み。湯けむり情歌はこの時間を利用して書上げました。お掃除しながら「ここはこの言葉がいいかな?うーん、ちがうなぁ」とあれこれ頭で考えたものを、ごろんと布団に転がりながら、文字にしていく。「湯けむり〜」に限らず、旅館ではずいぶん多くの詩を書きました。日常とかけ離れた世界に、知らず感覚が刺激されていたのでしょう。すらすらと、今まで思いつかなかったような台詞が浮かんでくる。とても不思議な体験でした。
夕方、お客様が続々と到着。それに伴い今度は夕食の準備です。
朝同様、私たちのごはんはお客さまより先に済ませてしまいます。お客さまの食事がはじまると、お酒の注文やらごはんのおかわりやらでてんやわんや。なかなか手の空くときがありません。それでも、通常は皿洗い、お勝手のお掃除などを済ませてたいてい7時半〜8時くらいで一日の業務は終了します。繁忙期には朝は4時起き、夜は12時まで、なんてこともざらでしたが、お年寄りも含め従業員誰も体を壊さず、いやいや、みなさん元気でした。
冬は宿への道路が閉鎖されて車が通れなくなるため、越冬隊2名を残して皆山を降りてしまいます。従って、私の勤務は11月一杯でおしまい。その後春までは、歩いて登ってこられるお客さまのみお迎えすることになります。いらっしゃるみたいですよ、けっこう。車で40分かかる坂道をてくてくと。
当時一緒に働いていたおばあちゃんとは、今でもつながりがあります。一つ屋根の下で苦労をともにしてきた仲です。知り合いというよりは、互いに家族のように思っています。最近足が遠のいているなぁ。お元気なうちに、また会いにいかなくっちゃ。
下界から隔絶され、山と空に囲まれて、はたから見れば仙人のような暮らしに思えるかもしれません。私も行くまではそう思っていました。でも、そこに人間がいる限り、「仙人のような」世界なんてあり得ません。喜びあり、怒りあり。どこに行っても個性は個性として在り続けるし、はじめは珍しいと思っていた生活も、時がたてばただの日常になる。特別山が好きというならともかく、私はやっぱり街にいたい。街で暮らそう。そして素敵な日常を作るんだ。ここで。大好きな大阪で。
そう固く決意した私。さて、その後は?次回へ続きます。
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