 うそをつくから
うそをつくから、ものごとがややこしくなります。うそをつかなければ、現在世間をにぎわせている年金問題も、
「払いましたか?」
「払いました」
実にスムーズ。しかし実際は、人間はうそをつくということを大前提として成り立っている機関が、世の中には数多く存在します。今回設立された第三者委員会だってそう。昔お習字の授業で書いたような「正直」「誠実」「素直な心」を皆が実践していれば、警察もずい分ひまになるでしょうし、結果、浮いた予算をもっと別のことがらに使えるようになるかもしれません。
かといって、じゃあ正直ならそれでいいのかと問われれば、ちょっと違う気もします。うそも方便。ある日、女神様がとても落ち込んでいました。彼女を励ますためピノキオは、彼女の好きな歌を、本当は自分はちっとも好きではないのに一生懸命歌ってあげました。
女神様:「ありがとうピノキオ。あなたもこの歌好きなの?」
ピノキオ:「ええ、大好きです」
さて、それでも女神様は、ピノキオの鼻をのばすでしょうか。
うそをつくから、人間はともに暮らしていけるのだと思います。もちろんうそはいけません。それでも暗黙の了解といいますか、いついかなる場合でも真実のみを追求する生き方には、少なくとも私は抵抗を感じます。
出張のふりをして、娘の様子を見に東京へやってきた父親。それを見抜いていながら、何もきかずに「元気だよ」とこたえる娘。そして父親はひとこと、「そうか」と。お酒のCMでしたか。何ともスマートではありませんか。だまされる方が悪いのさ、と振り込め詐欺などに走る輩がいるから最初に述べたようにものごとがややこしくなるのであって、適度に使えば、うそもまた楽し。
「夏休みの絵日記、毎日きちんとつけてきましたか?」
「いいえ、先生。まとめて描けば済むことですから」
こんな小学生、ちょっと怖いです。
「つけてきましたか?」
「は〜い!!」
「本当につけてきましたか?」
「エヘヘ、バレたか!」
こっちの方がずっとカワイイ。
うそは、もちろんいけません(宿題は早めに自分で済ませましょうね!)。社交辞令は特に嫌い。でも、時には怒りを抑えて「ありがとう」と笑ったり、お前が悪いと思いながらも「ごめんなさい」と頭をさげたり、してみることも必要かもしれない。心がちょっぴり傷ついているから、素直な自分になれた時、涙がぽろっとこぼれてしまう。
うそをつくから、人は深い。だから愛せる。そんなものではないでしょうか。
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