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ある日、長男が言いました。
「お金を出すから、湯布院の玉の湯にでも行っておいでよ。とってもいいとこだから」
ええッ!突然どうしたの。
「前から言ってるように、一人暮らしをはじめるから、ゆとりが無くなっちゃうでしょ。だから今のうちにね。一生に一度かもしれないよ」とのたまう。
結婚時に母が買ってくれた食器棚と衣類を詰めて、ぼろアパートに引っ越してから、この12年間、家長は私でした。そりゃあ細くて頼りの無い大黒柱でしたけど、一応精一杯ツッパって母子三人の生活をささえてきたのです。もちろん26歳の長男は働き出してからは、ずっと家に食費と諸経費を入れてくれましたが、とにもかくにも私が専制君主。
ところがこの瞬間に大逆転!!あらら、何でしょうこの気持ち。驚いて、うれしくて、でもかなりショック! いたわられています。完全に。あのちっちゃかった、わがまま息子にです。
結婚前に誰でも一人暮らし(もちろん自活という意味で)をしたほうが良いというのがもともと私の持論ですから、やっと大人にって気持ちで「やったー!」。反面、突然、子育ての責任という肩の荷が下りたというのに、心にぽっかり大穴が…。
おかしい? だって、自分の人生は自分のもの。子供のために生きているのではないと、ずっと意識してやって来たのに。でも、このむなしさはどうしたことでしょう。突然、人生の目的がなくなってしまったような気がしました。人間って変ですよね。見過ごしていた真実が、ちょっとしたことで、あっという間に、くっきり、はっきり見えてしまう。
あ、でもうれしい。
「有難う。よろこんで行かせてもらうわ…。そうだ。じゃあ、この機会に母も親孝行させてもらおう。おじいさんとおばあさんを誘って3人で行こうと思うの」
「そりゃいいかも。喜ぶよきっと。でも、お金はこれ以上出せないからね!」
「分かってるって、もちろん。君のおかげで思いがけず、母も親孝行ができる。本当に有難う」
かくして、私も一生に一度の親孝行を果たすことになったのです。
この話には、後日談が…。私の育て方が良かったと、内心、人に言えないほど得意になっていたのですが、実は息子に強烈な影響を与えたのは、リリー・フランキーの書いた「東京タワー」。母の愛は、一冊の本より軽かったのかしら?? 私も後で読んで、電車の中で思わず大泣きしてしまいましたけど。 |