我が一族のお墓は浅草の東本願寺にある。
両親はよく行くのだけれど、私は最近ほとんど墓参りに行っていなかった。母が「あなたも…」とは言わないので、叔母が亡くなったとき以来、忙しいのを良いことに失礼していた。
先日、母と別件で話していたら、次の祭日は祖父の法事だとか。何気なく「その日は夕方人と会うから、その前なら私も行こうかしら」というと「そう、それなら来て頂戴!」とかなりの勢いで言う。あぁ、本当は今までも行って欲しかったのだ。忙しい私の休める時間を奪ってはと、気遣って遠慮していたのだと、申し訳なく思った。
九月とはいえ、汗の噴き出す暑い日、両親と伯母や従兄弟たちが集まったが、年々人数が少なくなっていくのが寂しい。 いつもとは違い、広い荘厳な本堂ではなく、小ぶりの和室で若い僧がお経をあげる。人目も無く落ち着いて、これも良い。
祖父は、私が幼い頃に亡くなったが、物静かで、長火鉢の前に和服で座り、煙管でタバコを吸っていた。物心ついて初めての身内の葬儀で、子供心になんとはなく悲しく、斎場の庭で見つけた小さな雨蛙を見ながら、祖父には見ることが出来ないのだと思っていた。
お墓に参っての戻る通路脇に、新しい墓地が売り出されていて、2、000万円台まであり、あまりの高額にびっくり。購入済みの表示もちらほら。その分を寄付にでもした方が、よっぽど安らかに眠れると思うのは、貧乏人の考えかもしれない。
母の発案で、有名な「染太郎」でお好み焼きを食べようということになった。何時も長蛇の列で恐れをなして入ったことが無い。今日もだいぶ待たされてやっと座れたが、熱い。扇風機は回っているが、熱い鉄板の上を通ってくるから、風がとにかく熱い。言い出した母が一番参っている。父は何もこんな季節に来なくともと、ぶつくさ。
それでも、老年組も、お染焼(ラードを塗った鉄板に生地を半分敷いて、エビ、牛肉、イカをきれいに分けて並べ、キャベツをのせて更に生地を流すのが昔ながらの作り方)や焼そばを、汗を掻きながら、美味しい美味しいと結構食べた。特製のソバは色が黒いが、ソースを驚くほどかけないと味が薄い。ソースは甘くなく不思議に美味しかった。

皆と別れて、持っていない私のために、数珠を見て歩く。「いらない、いらない!」と言うのに、母が見立てて、「ねえ、これどうかしら?」「そりゃ君、地味だよ」「どれでもいいから好きなのを選びなさい!」と言われて、これも親孝行とほど良い価格のものに決め、父に買ってもらう。
60歳に手が届くようになっても、親から見ればいつまでも子供。ありがたさが身に沁みるようになったのは、私も年を重ねたから。ふたりが居なくなっても、この翡翠の数珠を見れば今日のことを思い出すのだろう。
仲見世を歩きながら、母の一声で、「梅園」へ。
文豪永井荷風の名作「踊子」 の一節にも出てくるこの店は、創業150年の歴史がある。名物の「粟ぜんざい」は半日間じっくりと蒸し上げた餅きびの上に、 あっさりとした甘さのこし餡がたっぷり。香 ばしくつぶつぶした食感のきびと、餡との相性がなんともいえぬ、味わい。この誘い、父は一度も断ったことがないそうで、娘でも知らないことは存外あるものだ、と妙に納得!
祭日のため、ご多分にもれずここも長蛇の列。父を残して、私たちはちゃっかり、向かいの和服のリサイクルショップを覗く。
突然、後ろに並んでいた熟年男性が「ひとりなので極まりが悪く、ご一緒しても良いか」と言うので、4人でテーブルを囲んだ。なんでも今市から農協の仲間と出てきたそうで、ひとりだけ内緒で、こっそり食べに来ているとか。こんがり日焼けしているのにも納得が行った。窮屈そうに座り、あんずみつ豆(?)を食べている大きな体が可笑しかった。(ごめんなさい!)

地下鉄の入り口で、帰りの路線のことで言い合っている両親を残して別れたが、結局は、同じ電車の一つ後ろの車両に、ふたり仲良く腰掛けているのを見つけた。席を立って近づきながら、長年連れ添った夫婦なんてこんなものだと、ほんのちょっぴり羨ましかった。
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染太郎 東京都台東区西浅草2-2-2 TEL 03-3844-9502
梅 園 東京都台東区浅草1-31-12 TEL 03-3841-7580
渋谷東急東横店 Food Show に出店がある。(粟ぜんざいは期間限定11〜6月)
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