「心に思う人がいますね。その人の存在が、生きる張り合いとなっているし、仕事もがんばれる!」「はぁ…」「若い人ですね!」「あの〜、息子のことでしょうか?」「バカおっしゃい、心に思うって言ってるのに、息子のわけないでしょ!」「でも、若い男性なんて、思い当たらないんですけど…?」「おかしいわねぇ。けど、とにかく心がすっごく若い人ね!」
また、目の前で、カードがめくられていく。「金運にはめぐまれていますよ」「えぇ!でも、ちっとも貯まらないですけど」「それはね、使っちゃうからよ!」「あぁ、そうですね」「でもね、それでいいの。いいのよ、あなたは!はい、仕事の星なんだから、お仕事さえしていれば心配ないのよ。がんばってね!」
占い師に追い出されるように部屋を出て、友人の由美子を探す。
「ねえ、これどう思う。」近寄ってきた由美子が差し出したのは、39万円のパールのネックレス。微妙に形が不揃いの大粒で、ブルーブラックの色が、かえって使いやすそうだ。「う〜ん、まあねぇ。でも、今日は買わないって言ってなかった?」「そうだけど、とってもかわいいと思わない!」「・・・・・?」
結局、買う買わないは本人の自由だもの。そう思って、黙っていることにした。
「ねえ、一緒に行って欲しいところがあるの。宝石の展示会なんだけれど、有名な占い師が無料で見てくれるのよ。ジプシー占いなの、すごいでしょ。見てもらいたいけれど、ひとりで行くと何か買わされちゃうし、ね、お願い!」というわけで、家事が山積みの貴重な休日の夕方、場違いなここにいる。人に頼まれると「いや!」といえない性格が、我ながら恨めしかった。おまけに、せっかくの好意も役立ってはいない。
「南洋パールがお好きでらっしゃいますか?」いかにも下心見え見えの猫なで声で、若い男性が驚くほどそばに寄る。数年前、ようやく人並みの生活が出来るようになった時、十数年間ひとりで子供たちを育ててきた自分へのご褒美に、ナケナシのお金をはたいて買った、白蝶貝が一粒っきりのネックレスを見てのことらしい。「え?いえ?それほどでも」「そうですか…」そっけない返事に店員が困っているのを幸いに、他のガラスケースへと逃げるように移動した。
ケースの上に所狭しと並べられた宝石たちは、手に入れられる筈も無く、いくら見てもキラキラ光るガラス玉のようにしか、見えてこない。
見回すと、ほとんどの客がいくつかの商品を前にして、商談用のテーブルに座っている。気に入ったものを手に入れたい客と、「必ず買わせるまでは、帰さないぞ」と意気込んでいる店員との熱気が、すさまじくほの赤い渦を巻いているようで、まったく買う気の無い、いや、買えないわたしにとっては、とても息苦しい。
わざと無愛想で、適当なことを言って煙に巻き、おまけにしゃれっ気のまったく無い様子に、店員たちも諦めたのか、寄ってこなくなった。ほっとしてこれ幸いに、部屋の隅に腰をおろすと、さっきの占い師の言葉が急に頭によみがえってきた。
「心に思う人…?」
若い時からファザコンのわたしは、50代半ばになっても、年上の話題豊富な知的な大人のほうが好ましい。若い人は息子のように接してしまい、かえって気を使う。
だから、該当者に心当たりはまったくない。
「でも、心が若いということは、誰でも当てはまるわけだし…。う〜ん……」
思いは20代の頃へと遡る。アルバムを1ページずつめくるように、過ごしてきた折々に心を通わせてきた人々や、密かに思いをよせていた人の、姿かたちが思い浮かぶ。
「もっと悪女になれ」と言われて、わけが分からず泣いた20代。「もっと早く出会いたかった」といわれた30代。あんな事があった。そうそう、その前にああいうこともあってと、糸を手繰るように、心の奥底にしまい込まれていたものが、繰り出される。
「どうしたの、あんまりお待たせしたから、疲れちゃった?」由美子の声は、弾んでいる。
わたしは、思い出をそっと閉じた。
「やっぱり買っちゃった。フォーマルにもカジュアルにも使えて、活躍の場はたくさんあるから、お買い得なの。あーぁ!でも、毎月、ますます苦しくなっちゃうわ。」
「良かったじゃない、気に入ったんだから。さあ、帰りましょうよ。子供たちがお腹をすかせて待ってるもの。」
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