2.憧れのフィレンツェへ (ドゥオーモ=サンタ・マリア・デルフィオーレ大聖堂)
飛行機はエールフランスなので、手続きもクルーもすべて外国人で、日本語は無し。すぐさま何もかも分からなくなって、にっこり笑って「ボンジュール!」のみを連発、顔が引きつってしまう。
飲み物を頼むのもyukiさんが世話を焼いてくれる。コーヒーや紅茶はまずいが、さすがにエールフランス、ワインの小瓶はまあまあでしっかり飲んで眠る。
明け方4時頃にシャルル・ド・ゴール空港に着いた。ここで乗り継いでフィレンツェに行くのだ。フィレンツェのことをフランスではフローレンスというとか、美しい響きに期待はますます募る。飛行機はとっても小さい。もちろんエールフランスだが、東京から北海道に行く飛行機よりも小さいのには驚いた。隣でhiroさんも「あれなの…!」と小さく呟いた。
アルプスを上から眺めながら越え、あぁもうイタリア。2時間ちょっとで無事フィレンツェに到着。
空港をでると、ピンクのシャツを着たお兄さんが寄ってきて荷物をさっさと自分の車に運んでいく。その車たるや、これがタクシー?というほど汚ったない。シートはシミだらけ、外側はいつ洗ったのか分からない自家用車といった感じだ。日本では絶対有り得ない。フランス語が通じないので、ホテルの名前と住所を書いた紙を見せるが、知らない様子。猛烈な勢いで運転しながら、どこかに携帯電話をしている。大丈夫なのだろうか・・・。そんなことを気にしていて街の様子も上の空だった。
それでも、街のシンボル「ドゥオーモ」の裏の、路地の奥の奥の細い路地まで入ったところにホテルはあった。ブルネッレスキというドゥオーモのキューポラ(ドーム、大円蓋)などの画期的な設計で有名な建築家の名を有す4つ星のクラシカルなホテルだ。ビザンチンの塔と中世の教会だった建物とでできているが、中は修復・改装されていて近代的なサービスが得られる。室内は赤を基調にしてあってなかなかよろしい。荷物を置いて、さっそく出かけることに。
路地裏なので帰りの目印として、でたところにある小さな凱旋門(地図に出ていないがれっきとした)をデジカメで撮る。方向音痴の3人は、これを目当てに帰れば良いのである。
まずは目の前のドゥオーモ(サンタ・マリア・デルフィオーレ大聖堂)に。
フィレンツェの心臓部にあたるサン・ジョバンニ広場に建つドゥオーモ(イタリア語で、イタリアでの街を代表する教会堂の事)は、世界で4番目に大きな教会で、基本は1296年〜1446年に建てられ、隣接する洗礼堂、鐘楼とともに扉の一枚やキューポラのランターンに至るまで、公募(コンクール)などで選ばれた大勢の人々の手で長い年月をかけて造られた。
1331年にはドゥオーモ建設管理委員会が設立される。主なお金の出所は毛織物職人組合だったり、コンクールをしたり、一般市民の意見を聞いたりと、教科書で学んだイタリアの都市国家とは、こういうことかと納得したのだった。
歴史の流れと共に破壊や増改築を余儀なくされ、それだけにロマネスク・ゴシック・ルネッサンス・ネオゴシック様式が混在している外観は、白・緑・紅の大理石で覆われ、窓枠まで凝った装飾が施され、彫像や浮き彫りがあちらこちらに配されていて、何時間もかけて眺めていたいのだけれど、yukiさんに促されて中へ。
中に入るとその壮大さに圧倒される。長さ153m、身廊部の幅38m、翼廊部の幅90mで、3万人が入れるのだ。簡単に比較するのもなんだが、日本武道館の収容人数は1.5万人ほどだから、ステージなどをあわせて同じくらいの広さだろうか?
ちょうどその頃、同じように大聖堂を建築中だったシエナやピサに負けられないということで、一層大きなものになったそうで、その心意気を感じる。
聖堂の中は細長く、正面が遠くに見える。まず、床のモザイク模様に眼を奪われてから、「ダンテの神曲」に走り寄る。気が付くと、キューポラの下にyukiさんとhiroさんがいる。そばに寄った私も2人と同様、上を向いて口をぽかりとあけて、天井のフレスコ画に見入ってしまった。「最後の審判」がテーマで黙示録の24人の登場人物や、「裁きのキリスト」を中心に聖母、聖ヨハネ、アダムとエヴァや聖人、天使も地獄絵も、描かれている。金色(黄土色)とブルーが基調で、見つめているうちに、自分も翼が生えて、その中心に吸い込まれていくような気がした。
制作後半、当時の実在する人物の似顔絵(メディチ家の当主コジモ1世など)を描いたことで衝撃的だったとか。

時間をかけ過ぎという理由で(すべてをじっくり眺める私と待ちくたびれる2人という構図が、この後の旅の間中続くのだが・・・)キューポラに上るのは2人に却下(とっても、もったいなかった)され、洗礼堂、大聖堂付属美術館に移る。洗礼堂は軍神マルスの神殿を改造したとされている。外観の装飾はドゥオーモより地味だが、私の好み。内部の中世装飾のモザイクは見事で天井画は「最後の審判」で、ドゥオーモもこちらを踏襲したそうだ。大聖堂付属美術館では、ミケランジェロの自分の墓のために制作した「ピエタ」もすばらしかったが、ドナテッロの木像「贖罪者マグダラのマリア」から目が離せなかった。またもやyukiさんに引きずられるように連れ出されて、お昼を食べに行く。
(参考)サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂 - Wikipedia |