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『銭湯民族の教え』‐9 

光徳湯 –二人だけの空間–
「銭湯民族の教え」などとふざけたエッセイを書いていたら、先日、某銭湯情報誌から執筆の依頼をいただいた。
そちらの方はこちらの方とは違って、少し真面目な文体で書くことになる。いや、むしろ真面目こそ私の真の姿ではないか。それこそが本来あるべき姿ではないか……。
そんなわけで、今回はその銭湯情報誌の取材も兼ねた“一粒で二度おいしい取材”となったわけである。ことわっておきますが、これはけっして楽をしようなどという、そんないい加減な気持ちからではありませんからね。あくまでもエコを意識した効率論の問題ですからね。とか何とか言いつつ、心の奥底では悪代官のように腹黒く笑っているのである。

さて、早速取材先となる「光徳湯」を目指して、一路「東武練馬」駅へと向かった。
ここのところ地元台東区内の銭湯ばかり巡っていたので、こうなると気分はちょっとした出稽古だ。
「いっちょもんでやるか」などと黒帯柔道家よろしく、肩で風を切って敵陣を行く。
昨年の12月にリニューアルしたばかりという「光徳湯」は、いわゆる近代型銭湯の佇まいで、“高濃度炭酸泉”がウリの繁盛湯屋だ。
「ううむ」。目の前にそびえ立つ光徳湯の煙突を見上げ、道場破りに訪れた剣士の如く唸ってみた。

早速ガラス戸を開けて入り口の三和土に立つと、気風のいい女将が出迎えてくれた。
その後、素早く取材を済ませ、営業前の浴場で掲載用の写真を撮っていたら、いきなり目の前に全裸の老人が現れた。どうやら一番風呂をもらいに来た常連客のようだ。
「何してるんだアンタ?」
一眼レフを構えている私に、全裸老人がそう尋ねてきた。
雑誌の取材である旨を説明すると、老人は何やら合点のいかない表情で尻を向けた。
「前が写るとマズイんだべ?」
尻が写るのも決して良くはないが、私は軽く礼を述べて、浴場の写真を撮り続けた。
それにしても、広い浴場とはいえ、ひとつの空間に全裸の人間と服を着た人間が二人きり、というのは、いささか妙なシチュエーションである。
これで相手が色っぽい女性だとしたら素晴らしい話なのだが、なにせ目の前にいるのは同性の老人だ。私は極力老人の裸体が視界に入らぬよう、気をつけて写真を撮り続けた。

その後、サウナの中で汗だくになって写真を撮っていたら、再び老人が入ってきた。
今度はわずか四畳半程度の空間に二人きりである。
しかもこの至近距離に全裸の人がいたのでは、到底写真を撮ることはできない。
「お客さんを優先してくださいよ」と女将に念を押されていたので、ここは一旦サウナを出て、老人が上がるのを待つことにした。
すると、「写してもいいど」と老人が背後から声をかけてきた。
サウナのオレンジ色の灯りの中で、老人の裸体はヌラヌラと怪しく光っていた。
むしろ撮られたいのだろうか?
しかし、そこは丁重にお断りをしてサウナを出た。

人との出会いはすべてが“縁”で繋がっているというが、この場合、私と老人の間には一体どのような“縁”が作用しているのだろう?
そんなことを悶々と考えながら、ただひたすら浴場の写真を撮り続けたのだった。


『光徳湯』
東京都板橋区徳丸3-11-16
TEL 03-3933-8740


記:高杉 圭一2008.04.28

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