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今これを書いている12月8日に、太平洋戦争が始まった。私が西日本スポーツ新聞に連載中の「リメンバー昭和」は、心のどこかで Rememer Pearl Harbor! をもじっている。1941年の今日、アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島南岸の真珠湾が、日本海軍により攻撃された。
その時の暗号「ニイタカヤマノボレ」が発信されたと伝えられている佐世保市針尾島の針尾無線塔に行ってきた。
いつも遠目に偉容を眺めていたが、お膝元に達したのは初めてだった。

3本の無線塔は、旧海軍が大正7(1918)年11月から同11年11月まで、4年の歳月と総工費155万円(現在に換算すると約250億円)をかけて完成させた。
塔基部の直径は12.12メートルあり、私が訪ねた3号塔は高さ137メートル、1号塔と2号塔は135メートル。頂部の直径は3.12メートル。上空から見ると1辺が300メートルの正三角形の位置にあるという。目に見えない部分では、基部は、すり鉢型に岩盤を15〜30メートルも掘り込まれているらしい。

塔には、心無いというか、いい加減な落書きがいろいろと書き込まれていた。だから私が入場許可を取る時、〈落書きをしないこと〉という注意事項があったのだ。撮影に入って落書きして帰る者もあまりいないとは思うが。天皇陛下ナントカ、の落書きもあった。

肝心の真珠湾通信伝説だが、今回わかったのは、実際には、暗号文は開戦6日前の昭和16(1941)年12月2日、瀬戸内海に停泊中の連合艦隊「長門」が打電、広島県の呉通信所から千葉県の船橋送信所、針尾などの3つの送信所に分かれて海外に送られたようだ。
このうち、針尾送信所は中国大陸や南太平洋の部隊に伝え、真珠湾を攻撃する機動部隊が受信したのは船橋送信所を経由した電波だった。佐世保海上保安部のKさんに聞いた「史実」である。

この無線塔、戦後は海保が送信所として使っていたが、1997年に新施設が完成し、無用の遺物(異物)風にも見えたが、そこは重要な歴史遺産でもある。ほんの昨日7日の新聞各紙に、佐世保市が来年度以降、国に重要文化財指定を申請する方針であることが報道されていた。あれはやはり、西海橋付近に馴染みのシンボルだから、まずは安心といえる。


塔からの帰り、終戦後約140万人もが帰国の第一歩を記した浦頭にある浦頭引揚記念平和公園に回った。田端義夫の「かえり船」の歌碑もあった。


記:福田 章 2006/12/08
特派ルポ九州よかとこばい

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