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春を代表する行事である桃の節句。ひな人形見て菱餅食べ、白酒飲むことくらいは知っていたが、ハマグリやスルメなどの海産物もふるまわれることは、恥ずかしながら知らなかった。しかし、そこまでは知っている人でも海産物の代用品として金魚を飾る地域があることは知らない人も多いのではないだろうか。
東京都羽村は、そんな風習がある地域のひとつ。羽村市郷土博物館で「ひな人形展」が行われていると聞き、最終日である3月9日に拝見した。
羽村駅から、名前も形もかわいらしいコミュニティバス「はむらん」に乗ること約10分、郷土博物館に着いた。
展示会場として使われている学習室に入ると、早速、金魚とひな人形の関連を示す展示品を見つけた。吊るし雛の赤い金魚、金魚売りの風景の模型、そしてギヤマンとおぼしき金魚蜂も飾られていた。
その昔、この時季になると江戸川の金魚商が羽村近辺で金魚を売り歩いた。それが海産物の替わりに金魚を用いるきっかけになったと言われている。
内陸という土地柄は海産物を手に入れることが困難であること、そして、それでもやっぱり「ひな祭りにはお魚を飾りたい」という人々の気持ちに目をつけるとは、さすが商売人といったところだ。金魚を遠く内陸まで運ぶといった難しい問題も、早春であれば金魚が酸素不足で弱ることがなく、さらに取り扱う品種を丈夫な和金とすることで解決した。これらひな祭り用の金魚は新雛という名前も付けられ、羽村のひな祭りとって金魚が大切な存在であることが伺える。
金魚以外に目を向けると、段飾雛図、内裏雛、段飾り、あまり聞きなれない御殿雛などが展示されている。
ひな祭りの代名詞とも呼べる段飾りは、五段飾りのものが多く、厳かな雰囲気をだしていた。だが中には見慣れないデフォルメされた人形の段飾りも、そのギャップに思わずクスッと笑ってしまった。

おや?見ると内裏雛の多くは向かって右に女びな、左に男びなが置かれていのに対して、段飾雛図はその逆に人形が配置されている。何か意味があるのかなと考えていたら、後になって別の展示場でその謎が解けた。そこに設置してあった解説によると、昭和以前の風習では段飾雛図のように右が男びな、左が女びなであったそうだ。それが、昭和天皇が即位された時、天皇・皇后の写真を参考に東京の雛人形業界によって内裏雛の左右が決められ、右が女びなとなったらしい。こういった疑問に対してすぐ答えてくれる解説が用意されているところに、この博物館に携わる人の配慮を感じる。
博物館を出るとき、「今日でまたこの人形が片づけられてしまう」と思うと、少し寂しく、季節の移り変わりを感じずにはいられなかった。
取材・撮影協力
羽村市郷土博物館
東京都羽村市羽741番地
TEL:042-558-2561
FAX:042-558-9956
http://www.city.hamura.tokyo.jp/museum/museum.html
羽村の自然・歴史・文化を紹介する博物館。入場無料。
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記:高橋定幸
特集:春待ちのころ…
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