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夏を飲み干す「西瓜ジュース」
子どもの頃はいつも夏を待ちこがれていた。夏休みには、楽しいことがたくさんあった。プール、海水浴、祭りに花火。かき氷、アイスクリーム、そして、西瓜。
大きな盥(たらい)に水を張って冷やしておいた、丸ごと一個の大きな西瓜を、母がよいしょっと持ち上げて木のまな板の上に置く。菜切り包丁でざっくり真っ二つ。と、たちまち青い植物のような匂いと、瑞々しい甘い匂いが滴って、早く早くと足を踏みならしたいような気持ちになった。うんと小さい頃は食べやすいようにと三角に、もう少し大きくなってからは半月に切り分けて、ガラスのお皿にのせてもらった。
3時のおやつは縁側に腰かけて、真っ赤な実にかぶりついては、黒い種をぷっと庭に吐き出し、行儀が悪いと叱られた。夕飯のあとの風呂上がりに食べるときは、座卓の前で正座して先割れスプーンですくって食べた。夢中で食べているうちにからだがどんどん前のめりになり、しまいには膝立ちになっていて、ちゃんと座って食べなさいと、どちらにしても叱られてばかりいた。叱る母の顔は、呆れながらも笑っていた。

あの頃はいつも夢見てた。オトナになって思う存分西瓜を食べるその時を。真二つに切った西瓜をそのまま大きな皿にのせて、大きなスプーンでざくざくすくい、青い皮の際まで食べ尽くす。いつかきっと丸ごと一個の西瓜を食べるぞと密かに夢想していたのだった。
たしかにオトナになれば、叶えられる夢ではある。自分のためだけに丸ごと一個の西瓜を買うことも、できないことではない。それなのに叶えようとは思わない。ひとりじゃとても食べきれないし、家族と共に食べるにしても、丸のままの西瓜は冷蔵庫に入らない。かくして夢は無残にも現実に打ち砕かれてしまうのだった。

ところが、ある年の夏。念願の丸々とした西瓜が、突然我が家にやってきた。北海道に帰省した友人が、箱入りの「でんすけ西瓜」を送ってくれたのだった。
特大の西瓜を前にして、あたしと夫は困惑していた。もちろん嬉しい。たしかに心浮きたつ光景ではあるのだけれど、さて、これをどうしたものか。黒々とした皮が特徴の「でんすけ」は糖度が高く、なかなか手に入らない逸品でもある。せっかくだから美味しく食べたい。どうやって冷やそう、どうしたら食べきれるのか。

しばし思案したのち、結局昔ながらに水で冷すことにした。盥などないから、バスタブに水を張って、そっと浮かした。水風呂にぷかりと浮く「でんすけ」は、陽の光で見るときよりも緑がかって縞模様もあらわになり、どこか恥ずかしそうだった。
そうして水に浮かべること数時間、真二つに切った西瓜はちょうど良い冷え加減で、立ちのぼる匂いも濃く甘く、懐かしい「夏休みの台所」が甦る。それでもさすがにスプーンをつっこんでそのまま食べる勇気はなく、結局いつものように半月に切ってかぶりつく。それから数日、夫とふたり、カブト虫の如く朝に夕にと西瓜を食べた。

もう十分堪能致しましたという頃になっても、まだ西瓜はなくならない。うーむと唸って眺めていると、夫が「そうだ!」と大声で言う。そうだ、西瓜ジュースにしよう。
仕事で数年間シンガポールに暮らしていた夫は、その頃よく「西瓜ジュース」を飲んだという。向こうでは街で普通に売っていて、ジューサーに西瓜の果肉を放りこむだけのシンプルなジュースだったとか。その場で飲むときはグラスに注いでくれるのだが、持ち帰り用は、金魚すくいの金魚を入れるような口紐のついたビニール袋に入れてくれるそう。
えー?!と訝しげな目をするあたしに、本当に美味しいんだからと夫は言う。日本ではめったにお目にかかれない西瓜のジュース。それならば、と、試してみることにした。我が家にはジューサーがないけれど、西瓜の実は柔らかいから絞ればなんとかなるだろう。

というわけで。家で簡単にできる「西瓜ジュース」の作り方。
まず、西瓜の実を大きめの一口大にざくざくと切っていく。たまたまガーゼで作った「出汁取り」袋(長方形のガーゼを二つ折りにし、二方を簡単に縫っただけ)があったので、そこに切った果肉を放りこむ(入れすぎると搾りにくいので、ほどほどに)。袋の口をねじって持ち、両手で押しつぶすようにしてぎゅぎゅっと搾る(ガーゼがなければ手ぬぐいでもいいし、それもなければザルに入れて、しゃもじなどで潰すとか、ボールやザルを上から重ねて押しつけるとか、そんな方法でもたぶん大丈夫)。赤い実は呆気ないほど簡単につぶれ、驚くほどたくさんの果汁が一気にボールにたまっていく。袋の中に残るのは、汁気が抜けてかすかすになった実と黒い種。それを捨てたら、また果肉を放りこみ、同じことを繰り返す。ただ、それだけ。

たぷたぷとボールにたまった果汁をグラスに注ぎ、氷を2つ3つ。汗をかいたグラスの中で光に透けるジュースは、思いのほか優しい色あいで、なんともキュート。ひと口飲んで、甘い!と驚く。澄んだ甘味は、まさに甘露。喉から鼻へお腹の中へと西瓜の匂いが広がって、からだ中で夏を味わうような、そんな感覚。たしかに、西瓜のジュースは飛びきり美味しい。

でもどうして日本には西瓜ジュースがないのだろう。鮮度を保つのが難しいのだろうか。ジュースにするには原価が高すぎるということなのか。夫とふたり、「こんなに美味しいのに」と何度も言い合ううちに、ジュースはあっという間にからだの中に消えていった。飲み干したあとも家の中には夏の匂いがいつまでも優しく漂っていた。

丸ごと一個の西瓜は、オトナになってもやっぱりどこかワクワクする。ジュースの美味しさを知ってからは食べきれないという心配もなくなったから、心おきなく楽しめる。西瓜をジュースにするというと勿体ないように思うかもしれないけれど、でもひと口飲んでみれば、きっと誰もが目を見張るはず。ジュースを飲みたいがために西瓜を買おうと思うほどの美味しさなのだ。
西瓜をジュースにして、夏を飲み干す。細胞のひとつひとつにまで夏が沁みわたるから、暑さに負けないからだになる。だから今年もあたしは、八百屋さんに大きな丸い西瓜が並ぶのを今か今かと待っている。夏を待ちこがれる、子どもみたいに。


記:田川ミメイ
特集:世界の夏を食べ歩き!

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