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僕は今、ラダックと呼ばれる土地で暮らしている。
ラダックとはインド北部のジャンムー・カシミール州、ヒマラヤ山脈とカラコルム山脈に挟まれた、標高3500メートルを越える山岳地帯の名だ。一年を通じて雨はほとんど降らず、夏は激しい陽射しが照りつけるが、冬の寒さは非常に厳しく、零下30度まで下がることもある。
この苛酷な土地には、古くからラダッキと呼ばれるチベット系の民族が暮らしている。彼らはチベット語の方言であるラダック語を話し、チベット仏教を信仰している。ラダック各地には城砦を思わせる勇壮なゴンパ(僧院)が点在し、人々の心のより所となっている。
各ゴンパで行われるチャム(仮面舞踊)の祭りをはじめ、ラダックの主な年間行事はチベット暦に合わせて行われるため、太陽暦では毎年日付が変化する。ロサル(正月)もその例外ではないが、ラダックのロサルはさらに変則的で、チベットのロサルより2カ月前倒しとなる。これは、昔ラダックにあった王国が他国に戦争を仕かける際、出陣の前にロサルを済ませてしまうようにと王が命令した故事に由来しているという。
そして直近のロサルは西暦で2007年の12月10日だった。その2日前、僕は昨年の春と夏に畑仕事を手伝ったのが縁で親しくなった、シャクティ村のツェリン・ナムギャルの家を訪れた。
ロサルの2日前(ロサルの10日前から数えて9日目)の夜、ラダックの人々は必ずトゥクパ(チベット風のうどん)を食べる。これはグゥ・トゥク(9日目のトゥクパ)と呼ばれていて、僕がシャクティで食べたグゥ・トゥクには、大きな団子のようなものが入っていた。「これは食べちゃだめよ、開けるだけ」と言われたので開けてみると、中にはお香のようなものが。「それは身の回りをきれいにしなさいって意味よ」
要するにこれは占いクッキーみたいなもので、炭は「心をきれいに」、塩は「しょっぱい人」というように、中身によっていろんな意味があるのだという。
翌日の大晦日にあたる日、ツェリン・ナムギャルの家では、ツァンパ(麦焦がし)を練って作るお供え物や、チャンタン高原で育ったヤク(毛長牛)の肉を使ったご馳走の支度が始まり、宴の準備が整う。僕は、チュンメと呼ばれるバター灯明の素焼きの器に芯をつける作業を手伝った。
夕刻、家の人々はこのチュンメを家の軒先に並べ、液状のバターを注ぎ、火を灯した。穏やかな光が、かすかな風に揺れる。周囲が暗くなるにつれ、村のあちこちで同じようにチュンメの火が灯りはじめた。普段は窓から漏れるわずかな電灯の光以外、真っ暗な村の夜を見慣れていただけに、その美しさがひときわ胸にしみた。
夜が更けた頃、暗闇の中から、メトと呼ばれる松明を掲げた男たちが現れた。ある者は長い棒の先に、またある者はロープの先に火をつけて振り回し、「ハシャラー!フシャラー!」とときの声を上げながら行進していく。男たちは広々とした畑の中で松明を思う存分振り回した後、火を1ヵ所に集め、長い長いかけ声を繰り返した。これは今年の悪い出来事が遠くに流れ去って、来年の良い出来事がやってくるように、という祈りなのだそうだ。

すべての家族や家畜のために祈りを捧げた後、人々は遅い夕食を食べ、ツァンパを練って作った先祖の人形を供養して、眠りにつく。
翌朝、シャクティでは雪が降った。こういう節目の日に雪が降るのは縁起のいいことなのだという。
苛酷な自然環境の中、互いに支えあい、いたわりあいながら暮らしているラダックの人々。
彼らにとってロサルの行事は、祝い事とはいえど、都市生活者が思い浮かべるような「パーティー」ではなく、過ぎ去りし年への感謝と、来るべき新しい年への祈りなのだ。
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記:山本高樹
特集:Party!Party!
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