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久々に旧東ドイツが誇る車トラバントを道で見かけた。私がベルリンに初めて来た1994年は、旧東ベルリンに出かけると、まだまだあちこちにトラバントが路上駐車されたいたものだけど、東西統一後は、排気ガス規制に適応できずめっきり見かけなくなっていたのだ。
この「トラビ」と呼ばれ、愛されてきたこの車は、なんと繊維強化プラスチックで作られており、重量もたったの600kgと軽量。大の男数人いれば、ひょいと持ち上げることが出来る。東ドイツが物資不足になると、さらに悪い質の材料で作られ、余りの軽さに「走るダンボール紙」と呼ばれたほどだった。
今ではそんな時代を懐かしむ人たちのカルト的存在になったトラビだが、東ドイツではまさに高級車。それには東ドイツの物資不足が背景にある。東ベルリンで育った同僚の話では、東ドイツでは子供が生まれたらまずすることは3つあったらしい。「電話線の申し込み、免許書申請の申し込み、そして車の注文」。つまり事務的処理も以上に遅い上、技術的にも色々支障があった東ドイツでは、赤ん坊のときに20年先を見越して色々申請や注文をしておかないと、成人してから何も手に入らないというわけだ。
彼女曰く、「其れでも手に入るかどうかわからなかったのよ。うちの叔母なんて死ぬまで電話がつかなかったわ。」。東ベルリンの友だちの家に遊びに行くと、ドアにメモ帳と鉛筆がぶら下がっていたっけ。電話の無いのが当たり前だった名残。訪問者は突然現れるので、訪問先が留守ならメモを残して帰る。そんなことをふと思い出した、週末のトラビとの再会だった。
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記:たかもと・みさこ2006/07/21
特派ルポ:伯林市民(ベルリナー)のお気楽生活
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