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ゆったり温泉。美味たらふく。胸一杯に海山の「気」でリフレッシュしたり、都会の「邪気?」も楽しんじゃう。やっぱり旅はたびたびしたいよね。
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高速道路を1時間半ほど走り、最初に降りた場所は、烏鎮と大きな文字のある建物の駐車場。最初はおみやげ屋に着いて、てっきりトイレ休憩かと思っていたら、「さあ、並んで中に入ってください」ということで入場する。すると、そこは別世界。古い中国の街並が丸ごと保存されているのだ。街には3,000人が暮らしているということだが、古い水郷の暮らしが、外の新しい暮らしとは別にそこにあった。
木造の家が水路際にぎっしりと並び、舟で往来している。もちろん水路だけではなく、石畳の道もある。
烏鎮は、春秋時代に呉、越、疆三国の境に位置していたことから、争いが絶えない所だった。呉越同舟とたとえられるくらいに仲が悪かった呉と越。その境に位置していたなんてお気の毒というしかない地域だが、町として開かれたのは唐の時代からとか。
日本でも呉越同舟という言葉はよく耳にする言葉だ。恥を忍んで白状するが、わたしはこの言葉の正確な意味を知らなかった(エ、ウッソーと言うなかれ、恥を忍んでと言っているのだから)。
自分自身この言葉を使ったことがない。意味を知らないのだから使うわけはないのだが、試験にでたらたぶん「越後の呉服屋が同じ舟にのって行商にでること(ライバルでも仲良くしようねの意)」などと答えるかもしれない。そのくらいバカなのだが、今回の旅行をきっかけに、この呉越同舟という言葉の意味を知っただけでも価千金、チョー格安旅行である。
参考:呉越同舟とは、仲が悪い人同士が、同一の場所・境遇に並び立っていること。(広辞苑)
敵対ばかりしている呉と越をたとえて『孫子』という中国古代の兵法書に書かれているもので、仲が悪くても舟が沈没しそうになれば、力を合わせるよということらしい。ちなみに武田信玄が旗印にした『風林火山』というのも、『孫子』に書かれていることだそうだ。
話がかなり脱線したが、烏鎮は浙江省北部にある。しかし、現在は烏鎮という地名は地図にもないし、どこからどこまでを烏鎮というのか正確には分からないが、少なくとも入場料を払って入った地域は外からは隔離されている。そしてそこでだけ昔からの生活が確保されているというのもなんだか不思議ではあった。
石畳の細い道の両側に建っている木造の家。どの家の入り口にも逆さまの「福」が貼ってある。それは縁起物らしい。小さな住居に混ざり大きな商家があるが、漢方薬の薬屋などそのほとんどが観光用に保存されていて住人はいない。小さな家に住んでいるのはほとんど老人。隣近所同士集まって、観光客など目に入らない様子で麻雀に熱中していた。
木造家屋には凝った彫刻が施されていたり、達筆な文字の看板など、日本の商家にも相通じるデザインが溢れている。おそらく入場料をとって見学させるということは、古い街並全体が観光資源なのだろう。「藍印花布」という花模様の藍染めはこの地方の必需品で、カーテン、服、テーブルクロスなどすべてこの布が使われていたとか。藍染め工場の庭で風にたなびく布はゆったりとした時間を感じさせる。この工場は大きな商家だったところだが、木彫り陳列館も元商家。この商家の造りは昔の日本を知っている世代にはとにかく懐かしい気持ちにさせる不思議なオーラがあった。
町を散策したあと、帰りは小舟で水路を遊覧しながら出口へ。薄瓦三枚重ねの屋根が波打ち、よれよれの家屋もなぜか心落ち着く癒しのエリアであった。期待を裏切らない古い中国。素晴らしかった。
ユネスコの調査チームもすでに調査に訪れて、世界文化遺産になるのも時間の問題とか。
朝、自宅をでたのに烏鎮観光終了はおよそ午後3時ころ。もっとゆっくり回って見たかったとは思ったが「なんだか烏鎮日帰り観光もできそうね」というほどの距離に、こんな観光地があるとは!
中国はとても近い!そう思った次第。
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