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ゆったり温泉。美味たらふく。胸一杯に海山の「気」でリフレッシュしたり、都会の「邪気?」も楽しんじゃう。やっぱり旅はたびたびしたいよね。
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昼食を終え、再びバスに乗り一路無錫へ。前日最後部の眺めのいい座席をTakakoさんと2人で占領していたのだが、本日はすでに先客があり、それぞれ別れて2席をゲット。ゆったりはいいけど、最後部の席ほど眺めはよくない。しかし、このツアーの運転手趙さんの陽気で男性的な運転は、最後部席はかなりの覚悟が必要。というのは、多少の凹凸などスットバシテ楽しく行こうぜという運転なので、シートベルトをしっかり絞めて、かつ、しがみついていないとどこかに飛ばされてしまう。ま、ロデオボーイでフィットネスと思えばそれなりに効果はありそうだが、そんな荒っぽい運転にもかかわらず、眠りこけてしまった。
無錫は有史以来の歴史を持つ古都ということだが、バスは工業団地の中を突っ走る。右も左も大きな工場。日本の企業も進出しているし、先進国の有名メーカーの名前が目に飛び込んでくる。無錫の中心部を貫いている杭州と北京を結ぶ杭京大運河というのは見ることもなく、太湖に着いてしまった。もしかしたら、眠っている間に通ったのかもしれないが。
昔、無錫は有錫という名の町だったそうだ。ところが漢の前期には錫鉱山を掘り尽くしてしまい、錫が無くなってしまったから無錫なのだそうだ。実に分かりやすくてすぐに納得である。上海(128km)、南京(183km)、蘇州などとも近く、近年大発展をとげている無錫だが、日中戦争では日本に占領されたこともある。今回訪れた江南はほとんど日本に攻められた所だけど・・・。
無錫は太湖の北に面している。バスは鼈頭渚(べっとうしょ)公園の入り口に着いた。降りるなり鼻をつく悪臭。うっ!と息を止める。何の臭いかって?藻の臭い。太湖の水は緑の絵の具に白を混ぜたような透明度ゼロの見たこともない水だった。睡蓮までグッタリして枯れそうである。公園を散策してから帆船で太湖の遊覧なのだが、それまで命が持つかしらというような凄さだった。
「この湖で舟がひっくりかえったらどうする?」「息しないで死ぬ」とTakakoさん。湖上に出ればいくらかよいのかと思っていたが、どこまで行っても水は汚かった。中国観光といえばトイレが心配というのは数年前までは常識だった。トイレにはドアがない。いや、トイレそのものがない、など。今は住宅も高層になっているので、トイレは水洗とは思うが、烏鎮の家にはトイレがなく、今でも桶に用を足し、毎日決められた場所に捨てに行く生活を続けているとか。でも、観光客用にはちゃんと水洗トイレがあったが、それは烏鎮のゲートに付属した外側だった。

そんなことをいろいろ思い出して、おいおいという感じ。ローマ帝国時代に水洗トイレを造っていた西洋文化に比べると、なんということか。でも、これって農耕民族の糞尿は肥料にという独特の哲学なのかもしれないなとも思う。日本もほんの数十年前までは、肥溜め作って肥料にしていたのだから。その糞尿が全部太湖に流れ込んでいるとしたら・・・。緑藻も大発生するだろう。
太湖の周りは避暑地になっている。ガイドの金さんが「あれは有名なケザワヒガシさんの別荘です」。え!ケザワヒガシって日本人ぽいけど有名なの?と思っていたら「毛沢東ともいいます」。これって金さんのモチネタ?笑い声を確認して満足そうだけど、毎回同じこと言っているんでしょうね。でも、結構自由に発言していいのね、ちょっと安心。そこで金さんに質問「あなたにとって毛沢東って?」と聞いとけばよかったなあ。
このツアーにはもう一人楊楊ちゃんという20歳の上海娘がアシスタントで乗っていた。実に愛嬌があり、独特のぞんざいな日本語が可愛くて、すぐにアイドルに。彼女はおしゃれでまったく日本の20歳の女の子と変わらなかった。「こんなに水が汚いの今日は特別よ。いつもは後1ヶ月先。6月になると1年に1度だけこうなるの」と楊楊。あまりの汚さは中国人もびっくりなのかも。よく見ると、点々と魚が浮いていた。この太湖の水は上海の水がめなのだそうだ。旅行に出る前に息子が「上海の水は超高級ホテルでも風呂を溜めると目黒川の匂いがするんだって」と言っていたのも肯けた。でも、見かけは目黒川の方がずっときれい。
ということで、無錫観光というよりは、太湖観光を終え、ノルマの淡水真珠店に寄った後上海目指して爆走バスに乗り込んだ。
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