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朝8時、朝食。一度部屋に戻り荷物をまとめチェックアウトをして、午後2時帰路につく予定。およそ5時間が残された時間だ。朝食を終え、エレベーターに乗る。いつものように数人のビジネスマンが同乗。ところが、大浴場のある2階に停まったエレベーターに、石鹸の香りをさせてお風呂あがりのジンベエ姿の男性が一瞬躊躇しつつも、乗る。朝風呂もいいけど時間を間違えると大変だ。だってこのホテルはビジネスホテルなんだから。会議室に風呂上りの男性が現れたような、なんとも不思議な空気だった。

チェックアウトを済ませ街にでる。今度こそは「ふらっとバス」にと意気込んでいたのに、また乗れなかった。執念が足りないのか、バカなのか・・・。香林坊で降り、長町武家屋敷を目指す。土塀の小道を歩き、加賀藩千二百万石の野村家に入る。家の造りはどこか懐かしい日本家屋。特に立派というものではない。しかし、庭が素晴らしい。大野庄用水から引き込まれた水で庭の中心は池になっている。まるで池の上に家があるかのように縁側ぎりぎりまで池なのだ。
そしてもう一つ興味を引いたのは展示室の明智光秀からの手紙。内容は戦での戦い振りを褒め称えた物なのだが、首を獲ったこと、殺した人数などが具体的に書いてある。時代が時代といえばそうなのだが、つくづくこの時代に生まれていなくてよかったと思った。
武家屋敷を出て、用水沿いを西へ。各屋敷に水が引き込まれているのと、用水に面して木戸があるところをみると、舟で配達が行われていたのかと推測。小さな舟なら充分往来できる規模の用水路だ。金沢はNHKのドラマをきっかけに観光に力を入れるようになったとか。それまでは、特に武家屋敷とかを観光名所にするということはなかったのだという。
街のあちこちに観光案内所があり、清潔なトイレがある。それもとびきり機能の揃ったウォシュレット付き。おそらく、ほとんどの家のトイレより豪華だろう。金沢市民は世界一お尻がきれいな人たちかもしれない。ホームレスだってお尻だけはきれいなはずだ。

犀川を渡り西茶屋街へ。東茶屋街よりは規模が小さいが、観光には力を入れているらしく、若くしてこの世を去った作家:島田清次郎が、母親と共に移り住んだ吉米楼の跡地に建てられた資料館に入る。古い獅子舞の獅子頭の展示などあり、なかなか楽しめる。

4日目にして、やっと街の全体が分かってきたように思うが、残念ながら時間がない。大急ぎで九谷焼の窯元、そこから寺町と回り、中原中也が少年時代に住んでいたという場所に。松月寺というお寺の前で、国道を挟んだ向いなのだが、そこは公園になっていた。
ちょうど、その公園の下の犀川で友禅流しを見られるようだが、とにかく時間が残り少ない。Takakoさんは、九谷焼の陶器をいくつか買いたいというので、香林坊辺りで自由行動とすることに決定。
犀川大橋から香林坊へ行く途中、近道をしようと裏道に入ると、見事な黒瓦の3階建ての茶屋風建物を発見。看板はなく、現役の茶屋であるのかは不明だが、金沢特有の黒光りした傾斜の急な屋根が美しい。おそらく、雪にも映える美しさだろう。
おみやげは各自自由に選ぼうということで、予定どおり解散。ちょうどきた金沢駅経由中央病院行きバスに衝動的に乗り込む。もう道は憶えたし、ラッキーと思っていたが、バスはわたしの知っている道には行かず、もうすぐ駅というところで、大きくUターンをするように曲がってしまった。
ウソでしょ!!もしかしてすでに駅は通ってきたとか・・・。中央病院なんてどこよ・・・。時間もあんまり残ってないし・・・。金沢駅行きを待てばよかった・・・。とドキドキしていたが、しばらくすると次は金沢駅というアナウンス。えー?っと辺りを見回すと、確かにホテルの窓から見えていた再開発のビル群の中を走っていたのだ。おなじみの東口には着かなかったが、無事に駅西口に到着。ヤッホー、ホテルも見えているぞ。
このフリーツアー、最高にお得なツアーでした。旅を作るのは自分たちだから、良くも悪くも納得。参加者の人たちの目的はさまざまで、友人を訪ねる人、白川郷まで行った人といろいろ。まだまだ観るところはいっぱい残っているし、また、来年も行こうっと。
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