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ゆったり温泉。美味たらふく。胸一杯に海山の「気」でリフレッシュしたり、都会の「邪気?」も楽しんじゃう。やっぱり旅はたびたびしたいよね。
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旅は好きだけど、観光地はあまり好きじゃない。はるばる出かけたというのに名所旧跡などひとつも見ずに、商店街の裏道をあみだくじのように辿ったり、住宅街の路地を巡ったり。まるで近所を散歩するようにして旅をするのが好きなのだ。
だから、夫とふたり四国に出かけて、高知で友人夫妻に会った帰り道、「琴平」に寄ることにしたときも、実はあまり期待していなかった。こんぴらふねふね♪という歌で有名な、あの「こんぴらさん」である。きっと、いかにも観光地という所なのだろう。そう思っていたのだ。が、しかし。それは見事に裏切られたのだった。もちろん、良い意味で。
まず、駅に降りて改札を出た早々に驚いた。何もない。土産物屋も旅館の呼び込みも。明るく澄んだ陽射しの中、ゆったりとした時が流れているだけだ。古い駅舎も趣があって、落ち着いている。なんだか急速に肩の力が抜けていった。予約した宿に向かう途中に商店街もあったけれど、観光地擦れした感じはまったくない。それどころか、どこか懐かしいような町なのだ。
宿はこんぴらさんの石段のすぐ近くで、こちらは新しくてきれいな旅館なのだけれど、出迎えてくれた人々の笑顔がとても良かった。節度を保ちながらも、どこか親しげで。すっかり気をよくした我々は、宿で近くの「うどん屋」さんの在処を聞いて、まずは腹ごしらえをすることにした。
石段の始まり辺りにある「こんぴらうどん」。以前は旅館だったという建物をそのまま使っていて、「古い建物」フェチであるあたしにはたまらない。ここの名物は「温玉ぶっかけ」。温かいうどんに、ねぎ・生姜・天かす・花かつお・温泉玉子がのっていて、そこに醤油(生醤油ではなく出汁醤油)を「ぶっかけ」て、わしわしとかき混ぜて食べるというもの。これが、美味しい。毎日食べたくなるような、飽きのこない味(実際、翌日も「又あれが食べたい」と思ったのだった)。なぜか四国のうどんは後をひくのだ。
心もお腹も満足したところで、まずは歩いて2,3分の「金丸座」(旧金毘羅大芝居)へ。実は琴平に来た一番の目的はここ。天保6年(1835)に建てられた、現存する日本最古の芝居小屋で、今なお現役。年に一度の「こんぴら歌舞伎」が上演される時以外は、小屋の中を見学することができるという。
昔ながらの木戸口をくぐり、靴を脱いでひんやりとした床板を踏み、内木戸の暖簾をくぐると、思わず「おお」と声が出た。桟敷の畳、磨きあげられた飴色の花道、赤い提灯、松の緑。日本ならではの色彩に眼を見張る。一気に時を遡ったような気がして、一瞬からだがぐらりと揺れた。「ブドウ棚」と呼ばれる高天井は竹で格子状に編まれていて、そこから雪を降らすこともできるのだそう。
見物客が数人集まると、半被を着た案内のおじさんがどこからともなく現われて、一通りの説明をしてくれる。が、それが済むと、あとはそれぞれお好きなように、と、さっさと退場してしまう。その自由さが嬉しい。

舞台の裏手にまわると天井の低い小さな支度部屋が並び、狭い階段を下りていくと、舞台の下(奈落の底)に下りることができる。下りた途端、空気が変わる。土の匂いがして、ひんやりと涼しい。薄暗い「奈落の底」には、そのコトバの語感のせいなのか、ちょっとぞくっとするような独特の雰囲気がある。廻り舞台やセリ・すっぽんの仕掛は、すべて人力によって行われるものだそうで、昔の人の知恵に感心する。息があっていなければ危険を伴うし、だからこそ皆で芝居を作っているという意識が高まるに違いない。
帰りに札所で、「こんぴら歌舞伎」のお客さんに配られるという団扇と通い札を見せてもらった。欲しい。でもこれはちゃんと「芝居」を楽しむ客だけに与えられる特権だ。毎年、日本全国から贔屓客がやってくるというその人気の秘密が分かるような気がした。
日本最古でありながら、まさに「現役」の芝居小屋。観光地には、古い物を妙にこぎれいに修復して、かえって風情のないものにしてしまっている所が多いけれど、ここはまるで違っていた。積もる年月を振り払うことなく、大切に手を入れてきたからなのだろう、今もこの小屋は静かに息づいているのだった。桟敷に座っていると、いつまでもここにいたいと思うほど、ゆったりとした時が流れている。この空気に触れたくて、いつかまたきっと来てしまうだろう。そう思いながら木戸をくぐって外に出ると、まるで真夏のような強い陽射し。暑い。
気温31℃。この暑さで、果たしてあの「石段」を上りきることができるのか?
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