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ゆったり温泉。美味たらふく。胸一杯に海山の「気」でリフレッシュしたり、都会の「邪気?」も楽しんじゃう。やっぱり旅はたびたびしたいよね。
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「旭社」の脇の門をくぐると、急に空気が変わったような気がした。ひんやりとして、やけに静かだ。鬱蒼と茂る木々のあいだを行くと、くねった道の先に殊更急な石段が見えてきた。てっぺんは、強い夏の光に照らされて、まるで発光しているかのよう。ふいに、なるほど、と思う。この長い石段は、下界から天上へ行くためのもの。あちら側とこちら側を、繋いでいるものなのだな、と。
ついに御本宮。着いたー!と歓声をあげる元気もなく、息を荒げながら放心する。展望舞台から眼下に広がる琴平の町を眺めて、深呼吸。息を整えてから、ようやく「金刀比羅宮」にお参りを。いつもよりお賽銭をはずみ、いつもより長く手を合わせてしまう。苦労してあがってきたんだから元を取ろうという意識の現われなのか。ニンゲンとはあさはかなものである(って、あたしだけ?)。ここの神札授与所には様々なお守りが並んでいて、中でもひときわ目を引くのが、色鮮やかな「幸福の黄色いお守り」。「鬱金」で染めたものだそうで、お守りを買うと入れてくれる紙袋も真っ黄色。それが又可愛いくて、「お土産に」といくつも買ってしまう。なかなか商売上手なこんぴらさんである。

下界に戻るには、また石段を下りねばならぬ。やれやれ、と思いながら下り始めたが、帰りは予想以上に楽だった。なんだかあっという間に下ってしまい、ちょっと拍子抜け。行きはよいよい帰りは怖い、の逆バージョン。もちろん、この方がどれだけありがたいことか。行きに横目で眺めていた石段脇の喫茶店に飛び込んで、椅子に腰掛けると、一気に汗が流れだす。足をとめたとたんに汗が噴きだすのはどうしてなんだろう。宿に帰ったら、すぐさま温泉に飛び込もう。石段近くの宿にして良かった、と、つくづく思う。喫茶店のマスターとお喋りをしたあと、土産物(しょうゆ豆。これがけっこうクセになる美味しさで、今も時々食べたくなる)を買い、残りわずかな石段をゆっくりと下りていく。
平日だったせいなのか、どこか長閑な景色。何よりも居並ぶ土産物屋さんが、今どきのやたらに小綺麗なものではなく、昔ながらの店というのが良い。こうるさい呼び込みもないし、店番をしている人々もなんとなくのんびりとしている。これはこの参道だけでなく、琴平の町全体にもいえることで、どこか懐かしい日本の風景、古き佳き時代の観光地の面影、そういうものをそこかしこに感じるのだった。むろん観光地としては、溢れかえるほどの観光客が来て、もっと活性化された街になったほうが良いのだろうけれど、でもできることならこの町はずっとこのままでいほしい。そんな気がした。
時がゆったりと流れているこの町になら、もう一度来てみたい。今度は、余裕を持って土産物屋をのぞきながらゆっくりと石段をのぼってみたい。商店街のある町のほうへもぶらぶらと歩いていってみたいし、金丸座でぼんやり小一時間座っているのもいい。それにはせめて2泊はしなくては。宿に帰って温泉で汗を流し、冷たいビールをぷはぁっと飲みながら、夫とふたり「いつかまた来よう」と言いあったのだった。
これは帰ってから知ったのだけれども。御本宮まで785段というけれど、実際には、合計786段なのだそう。が、それでは「ナヤム」という言葉につながって良くないので、途中で一段下がっているところがあるのだとか。それを知っていれば、どこで下がっているのか気をつけて見てみたのに。ううむ。そうか、これはやっぱり、もう一度こんぴらさんに行け、という、天からの啓示なのか、も?
ところで、「こんぴらふねふね」という歌は、いつどこで誰によって作られたのか。その謎(?)は、琴平町のサイトに、「正調金比羅船々」と共に載っています。よく聴くあの歌と「正調」は微妙に違うような気も。
●琴平町役場オフィシャルページ http://www.town.kotohira.kagawa.jp/
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