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朝8時きっかりにホテルを出発。ということは、6時のモーニングコールに始まり、荷物をまとめて朝食を済まし、排便も済ますというのが理想の旅立ち。だからかなり忙しい。前夜は初めてのディナーで、とりあえず放り込んでおいた夏用のワンピースが役にたった。ホテルはどこも暑いので、夏物でも違和感はない。高齢者が多いツアーとなると、その辺は皆それぞれにお洒落をしてディナーに現れるから勝負服の1枚は持参したほうがいいだろう。何を勝負するのかと問われると返事に窮するが。
朝食はとても充実している。写真はないが(いつも食欲が先行してしまい・・・)主食のパンも美味しいし、料理も盛り沢山で肥えることは必然。今回、500枚もの写真を撮ったが、こうして文章を起こしてみると使える写真がないのに驚いた。しばらくはローマ遺跡を辿る旅だが、石ころの写真の多いこと!取材者としては失格かも。
トルコを広範囲に見るということは移動距離も長い。この日は1日で400kmを移動したので、バスから垣間見る景色が一番多いかも知れないが、それはそれなりに面白いものだ。
ベルガマの街に入り、旧市街地の路地を走ると、驚いたことに少年がバスに向かって手を振る。日本では有り得ないことだ。とにかく素朴。ベルガモンと呼ばれたこの街はアレキサンダー大王の遺産である広大な領地を分割して築かれた、ベルガモン王朝の中心地。ローマ帝国時代に栄えた歴史ある場所である。
この日最初に訪れたのはアクロポリス遺跡。わたしはアクロポリスイコールギリシャと思っていたが、どっこいここにはギリシャ以上の広大なアクロポリス遺跡があった。でも、今はまだ石ころゴロゴロ状態。残骸は確かにある。規模も大きい。でもねえ、やっぱギリシャの方が分かり易いかも。今は修復の過程にあるようだが、生きているうちに全貌を拝見するのは無理みたい。でも、山の急斜面に造られた劇場跡は街を見下ろし、街中に音が行き渡るようなすごいものだった。

そして、この遺跡にはトラヤヌス神殿、アテナ神殿、図書館などがあった。特に20万巻もの蔵書を誇った図書館は、これに脅威を感じたエジプトが、パピルスの輸出を禁じたという。それに困ったエウメネス2世により、苦肉の策で羊皮紙(ベルガモント)が作られたと言われている。後にこの図書館を灰にした犯人はアントニウス。
彼は燃やした図書館をクレオパトラにプレゼントしたそうな。わたしだったら燃やす前にプレゼントして欲しかったけど、クレオパトラには燃やしたことが最高のプレゼントだったということなんだろう。国を治めていたクレオパトラと、ただビンボーなわたしと比較することはできないのだ。
次に訪れたのがアスクレピオン。ここはローマ帝国時代の病院跡。それも総合病院。生贄を捧げたり、脱皮する蛇を再生の象徴とするなど、神がかりにも思えるが、音楽療法など現代にも共通する治療法もあった。
広場の中央には聖なる泉があり、その横には劇場がある。この劇場は今でも使われていて、舞台の一部は木で補修されていた。夏には時々ライブが催されるという。音の反響が素晴らしく、喉に自信のあるツアー仲間が美声とともに日本の歌を独唱。なかなかでございました。
観 光後の昼食はレストランでトルコ料理のビュッフェ。ここで小さな事件?が起きた。
食事時に注文する飲み物だが、ここではグラスワインが7リラで、ハーフボトルが15リラ。それなら3人でハーフボトルを注文しようということになったのだ。おばさんたちが陥りやすい損得勘定である。この注文を喜んで受けたイケメンのお兄さんはフルボトルを開け、グラスに注いだ。この時点でわたしを含むおばさんたちにフルボトルの認識はない。が、集金に来たイケメン兄さんは30リラを要求。それって変よと騒ぐと、添乗員が交渉に。
しかし、おばさんたちはイケメンが責任をとらされるくらいなら、10リラなんて捨ててやるわという思い。そのかわり握手しなさい、手にキスしなさいと軽くセクハラ。イケメン兄さん真っ赤になって対応したのでありました。おかげですっかりイケメン好きのレッテルを貼られたおばさんたちでありました。

その後、バスに揺られクシャダシへ。ホテルはスルメリ。
入り口にこれ見よがしに五つ星。しかし、中に入ると妙に薄暗い。建物は立派なのに、この不景気感は何?この日わたしは初めての一人部屋だ。お風呂のシャンプーは空っぽだし、Takakoさんたちの部屋の電球は切れているし、添乗員は対応に駆けて歩いているしと五つ星ホテルとは思えない。夕食の集合時間に数分遅れてしまったわたしはおいてけぼり。レストランに行くとクーポンを出せという。そんなもの貰ってねえよというと通せんぼ。ロビーにいたガイドのジャネルに「みんなはどこ?」と聞くと「レストラン」とだけ。これは強行突破しかない。いじわるそうな白人の姉ちゃんを振り切って「あたしはツアーのメンバーよ!」と言うと、おじさんが「どうぞ」と助けてくれた。
それにしても仲間たち!つれないじゃないのよ。先に行っちゃうなんてさ。
食後、飲み物の清算に50リラ札を出すと「ニェット(No!)」だって。やっぱ、ロシア人には「サービス」って考えがないのかな。
トルコでは最近景気がいいロシア資本がアメリカ物件を買いあさっているらしい。が、50リラといえば4000円程度。それのおつりが出せないホテルがどこにあるというのだ。仕方なく20リラを見せると笑顔一つ見せずに15リラをよこした。それも隣の美人で無愛想なオネエサンとロシア語会話をしつつ。後で、添乗員にこのホテルはロシアのホテルねというと「分かっちゃいましたー?」と。分かりますとも、ロシア語はピースボートでイヤと言うほど聞きましたから。でも、ウクライナのクルーはもっとフレンドリーで陽気でしたよ。ま、覚悟をすれば、タシケント同様まったく命に問題はないのですが・・・。
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