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満員御礼の活気に溢れた温泉ホテルの朝食は、慌しくも楽しい。ウエイターの男の子たちはふざけんぼで愛敬たっぷり。カタコトの日本語を覚えたくて、あれこれちょっかいを出してくる。が、レストランのスペースはお客全員を収容できないようだ。早々に朝食を済ませ敷地内を散歩した。その後、バスでパムッカレへ。
NHKの世界遺産などでもおなじみのパムッカレの石灰棚は、かなり唐突に姿を現す。けして高い山ではないのに、大地そのものが荒々しく、日本の丘陵地帯のような瑞々しさがないためか、きわめて乱暴な景色だ。周りの乾いた風景の中で、ひときわ白く輝く石灰棚は、まったく初めて見る風景だった。

いざバスを降りてみると、石灰棚はかなり広範囲。冬季は最近湯量が減ってきたという温泉を一部だけ流しているため、白い棚田のような石灰棚に神秘の青さという風景は見られなかった。それでも、中に入ることができるので、みんな一斉に靴を脱ぎ、子どものようにはしゃいで棚に繰り出して行った。
わたしたちは棚の淵に沿って、全体を探検。振り出しに戻ると、添乗員の声がする。「あぶないから戻ってください。落ちたら大変ですから。お願いですから戻ってください」と叫んでいる。見ると、石灰棚の端、崖の上に女性の姿。ツアーメンバーの女性だ。たぶん最高齢のご婦人。やさしそうなご主人とホテルでいつもショッピングを楽しんでいた上品なおばあさん。充分楽しんだのか、ゆっくりとターンをした。「お転婆なんだね、きっと」というと、どこからか「お転婆と言わないでください。お転婆は婆さんが転ぶって書きますから」と。シツレイしました、縁起でもないこと言っちゃって。
パムッカレの奥に位置するヒエラポリス遺跡は、ローマ時代に栄えた温泉保養所。すでにローマ時代にはスチームサウナなどもあったのだ。円形劇場も残っている。今のようにテレビがない時代、やはり娯楽は大切なものだったのだろう。どこの遺跡にも必ず大きな劇場跡がある。今は危険なので閉ざされている穴は有毒ガスが充満していて、昔、死期を迎えた人たちの天国への道だったとテレビで解説していたが、そこは立ち入り禁止で見ることはできなかった。でも、イチコロってちょっと魅力的。
昼食はピデ。トルコ風ピザといわれているが、実に美味しい。しかし、あまりにも少量で悲しかった。このレストランは要領が悪いのか、ピデは出たけどなかなか後の料理がでてこない。焦った我々は仕方がないからパンをお代わりし、腹の足しにすることにしたのに、後からサラダや卵料理が出てきたのだ。格安ツアーって頭のどこかにどんな食事でも仕方がないかという諦めみたいなものがあるようだ。実際は、そんなヒモジイ思いをしたことなどなかったのだが、少なくともわたしの中では諦めがあるみたい。
次に訪れたアフロディシアス遺跡には楕円形の30,000人を収容する大きな競技場がある。まるでベンハーの世界。ほぼ完全に姿を留めているために、想像は果てしなく広がる。主に競争用に使われたが、猛獣の闘技場にも使われたという。目を瞑れば、割れるような歓声が聞こえてくるような、世界でも最も保存状態のいい競技場だという。いや、圧巻でした。
前夜眠れなかったため、アンタルヤまでの300kmの移動はほとんど夢の中。しかし、バスはトルコの荒々しい山中をひた走る。時々トイレ休憩で休むため、起きる。すると、それまでのエーゲ海沿いの休憩所とはちょっと様子が違うぞという感じ。実にきれいなトルコのお菓子。欲しいけど甘いものは苦手なので、Takakoさんをそそのかし一箱購入してもらう。ちょっとだけ味見をしたが、実に美味しい。味は子どものころによく食べたゼリービンズに似ている。ナッツを混ぜたもの、シナモンを使ったものなど種類は豊富。
でもアマーイ。

次に休憩した所は、ざくろや柿が山のように積んであった。店の中ではざくろをレモン絞り器のようなもので絞った天然ジュースに感激。8リラ也。この辺に来ると、人種も文化も違うようだ。そういえば、トルコには柿の木がある。人家の庭には実を付けた柿があり、みかんの木もある。みかんは日本のみかんと同じ。柿は渋柿らしい。どうやって食べるのかな。
バスの中では、眠りながらも時々目を開けると、とんでもない風景が目に入る。落石がゴロゴロした山道。「ガードレールもなくて、崖から落ちそうよ」とTakakoさん。ふと目に飛び込んできた道路標識には、制限速度70km。ウソでしょ。この道が70km?命の危険を感じつつも睡魔に勝てない。辺りは不気味に霧が立ち込め、雨も降っている。それでも眠っていたわたし。アンタルヤまでの道は険しい道だったようだ。
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