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アンタルヤのホテルグランドアドニスはTakakoさんとの相部屋で初めての連泊だった。部屋の掃除をしっかりやってもらおうと1ドルずつ枕銭として置いておいたら、可愛くベットメイキングがしてあった。こういうのってなんかウレシイ。しかしこのホテル、各部屋に大きなベランダが付いているのだが、そのベランダの柵の低いこと!膝のちょっと上までしかない。飛び降り放題だ。外国にはこういう自己責任で身を守るというのがかなり多い。これは大事なことかもしれない。ボストンの高速道路にかかる小さな橋も柵が低くてゾワーっとしながら渡った記憶がある。
コンヤまでの道程は長い。325kmしかも山道。
毎朝出発と同時にミネラルウォーターが各自1本ずつ配られるのだが、これはとても助かった。7日目ともなるとツアー仲間とも親しくなり、それぞれのカップルの組合せも間違えなくなる。夫婦というのは不思議なもので、どことなく似ている。姉妹で参加していた二人は姉妹だけに、観察が深い。「ねえ、あの人はタケちゃん。だって奥さんがそう呼んでいるもの」「あのおそろいの服着ている人たち、あたしたちクロネコトルコって呼んでるの」思わず笑ってしまうスルドサ。まさにクロネコヤマトの制服みたいないでたちなのだ。そしてリサーチもしっかりやっている。さて、わたしたちはなんて言われていたのだろう。
シルクロードと時々交差しつつ、わたしたちは新しい道を走った。
途中、休憩所に立ち寄ったとき、山岳民族の、山に貼りつくような集落を見つけた。山を下りれば広大な大地があるのに、おそらく想像を絶する大変な暮らしを選択している不思議。わたしのようなナマケモノには理解ができない。
ここでTakakoさんは生成りのシルクを見つけたと喜んでいた。箱詰めのそれは美しく光っていた。「手芸の好きな友達がいるからおみやげ」と。それじゃわたしもと売店に行くと、それはお菓子売り場に並んでいるではないか。箱をよく見るとシュガーという文字が。なんだいお菓子かいと買うのをやめたが、Takakoさんは「それならわたしも騙されたんだから、友だちも騙されるわよ。面白いじゃない」とどこまでもポジティブ。イヤー、そうやって生きていくのが正しい生き方よね、もう買っちゃったんだしね。
コンヤの街は大きな街だった。イスラム神秘主義の一派メヴレヴィ教団の発祥地でもあるこの街は、アナトリア文化の中心地。政治、芸術、学問の発信地だった。最初に訪れたメヴラーナ博物館はメヴレヴィ教団の創始者メヴラーナ・ジェラルーディン・ルーミーの霊廟でもある。ドーム天井のアラベスク模様が美しい。中でもメヴレヴィ教団の修行僧の生活を蝋人形で展示したコーナーは観光客で溢れていた。独特の衣装と旋回舞踊でトランスするという修行はやはり興味がある。

イスラム文化圏に突入したせいか、トルコ人の観光客が多い。次に訪れたインジェ・ミナーレ神学校には遠足の子どもがいっぱいだった。トルコの子どもたちは実に人懐っこい。小学生と思うが、学校で英語を習っているのだろうか、見知らぬ東洋人であるわたしになにやら話し掛ける。英語のつもりなのかもしれないが、正しい英語ではない。
でもwhereという音が聞けたので、「from Japan」と答えると、もう大騒ぎ。肩を叩き合って喜んでいた。
今夜のホテルはコンヤではなくリクソス。ここは旧ヒルトンコンヤとか。街からずっと離れた大草原の真っ只中。はるか遠くにコンヤの街が見える。隣にはアウトレットモールがあるが、半分以上が撤退してしまったとかで、明るいうちに着いたのにツイテない。ホテルはさすがに立派な建物だった。ロシア資本が買収したとかで、入り口には空港並みのセキュリティーチェック。そこを抜けると美しいロシア美人がブルーのトルコの民族衣装でにこやかにお出迎え。隣にはいかつい青年が目を光らす。
このホテルのサービスは良かった。部屋には日本の旅館並みの品揃え。コーヒーも紅茶もセットされていて、スリッパもあった。夕食までの空き時間に、アウトレットに探検に。確かに閉まっている店が多いが、それなりに楽しめる。商売熱心な若いオニイサンとおしゃべりを楽しんだり、スーパーマーケットで買い物をしたり。3階に行くとフードコーナーになっていたので、アイスクリームを食べる。ここでも1リラ也。トルコのアイスは粘りがあるのは有名だが、コーンにのったアイスを粘らせることはできない。だってはずれちゃうんだもの。でも口当たりは違う。やはり歯ごたえのあるアイスだった。
帰り道、ホテルの入り口にパトカーに先導された車も到着。ここは要人たちの泊まるホテルでもあるようだ。ホテルの入り口で買い物袋の中身をチェックされ、ハーブティだけでよかったと胸をなでおろしたが、いったい買い物袋の中身が何だったら没収されたのだろう。ナゾである。
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