前略 有働薫さま
わたしは『閉ざされた庭』を読んで、さほど過酷なフィクションという感想は持たなかったというのが正直なところです。確かに設定は過激かつ過酷かもしれません。でも、作者が本の巻頭にかかげている、『経験と、そしてC・ヨハネに』という文言。(C・ヨハネってどのヨハネ?って思いましたが)
そして次ページの二つの詩。
『神話も、稲妻も、とどろく空も、彼を打ち負かすことはできなかった。彼の強い勇気は自然の固く閉ざした扉の閂を壊したいという願望にいっそう駆り立てられるだけだった。そして、彼の知性の力が世界の燃え上がる壁のはるか向こうへ彼を連れていった。−ルクレティウス』
『無限の神々はお気に入りの者たちにすべてを与える−たっぷりと。無限の喜悦、無限の苦悩のすべてを−たっぷりと。−ゲーテ』
この二つの詩は、若者にささげる作者からの応援メッセージだと思います。そしてドゥタンベルは、自立した形で社会との接点を持たない若者の心象風景を公園という場所を借りて表現したのではないでしょうか。公園という場所は、仕事の場でもなく生活の場でもない。それでも否応なくなにげに社会と繋がっていてドラマもある。それはティーンエイジの置かれている社会的立場に似ていると思いました。
そして、ホームレスになるという主人公は、事件をきっかけに自立の道を彷徨いながらも進もうとしている彼の心なのだと。
『もしぼくが両親の許にとどまっていたとすれば、もしぼくがタイルの床を踏み割り続けていたとしたら、ぼくは本当の髭を生やすことにならなかっただろうし、パトリックがぼくを押しつけた湿った壁を知ることはなかっただろう』(p7より引用)
わたしは、パトリックに痛い目にあわされたというシーンは単なる一つのできごとに過ぎないと思いました。
でも、面白いですね。有働さんとわたしは同じ本を読んでも、取り上げるフレーズも違えば、感受性も違う。さすがに有働さんは詩人なんだとしみじみ思いました。
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