「一枚一枚、着ているものを確かめる。どんな生地でどんな模様だったか、どんなふうに見えるのかを確かめたら、脱ぎ捨てていくでしょ。そうするとだんだん自分が透明になっていく気がするんです」
自分が透明になるために、言い換えれば自己認識のために詩作するのだと有働さんは言う。
学生時代はフランス文学を専攻し、あそび心で詩を編んだりもしたが、むしろ読む方が好きだった。自らを「詩人」として意識したのはずっと後になってからのことだった。
9人兄弟の真ん中で、子供のころは家族の中で存在感が薄かった。伏目がちで「ダメな私」と思い込んでいる自分がいた。「周りの人間がみなまぶしくて、外の世界から自分を防衛しようと懸命で痛々しいばかりだった」そう20代のころを思い返す。
「つまりネクラだったのね。今でも基本的にはそうなんでしょうけれど」目の前の有働さんからはとても想像がつきにくいことをおっしゃる。
結婚して、男の子を二人育てた。二人の子供が小学生になったころ、突然の夫の「家庭解散」宣言。「口ばっかり」とたかをくくっていたら、下の子が大学を卒業するのを待ちかねたように、ほんとうに家からいなくなった。
「解散だ、解散だって言われたから詩にのめりこんだんだか、詩に夢中になったから解散になったんだか…」今となってはわからないと笑う。
「気がついたら詩にのめりこんでいた。気がついたら夫が家にいなかった」
あんまり屈託なく言われると、つられてことの重大さを忘れ、申し訳なくもつい笑ってしまった。
「これからの時間はぜんぶ自分用よ」
長男は既に一家を構え、有働さんは、いわく「トゲの抜けた亭主」のような次男との二人暮らしをゆったり楽しんでいる。
自身の成り立ちを、その時々の想いを胸の中からつかみ出し、ためすがえす眺め尽くす。その見詰める視線が「詩」を編んでいく。詩に表すことによって1枚1枚脱ぎ捨ててきたからこそ、屈託ない澄んだ有働さんがここにいるのだろう。
そうして編み上げられた詩集は「冬の集積」を最初に、つい最近出すことができた「ジャンヌの涙」で5作を数え、仏詩の翻訳も4作になる。
「それじゃあ、印税とかはどのくらい?」下世話な質問をしてみら、なんとびっくりな答えが返ってきた。
「印税どころか、持ち出しよ。大赤字」
ほとんど一日中、パソコンの前に座る毎日。仏語の技術文書を和訳したり、編集工房から請け負った仕事を黙々とこなし、少しずつ蓄えては詩集につぎこむ。ほとんどは自費で製作して出版社から発行してもらっているのだそうだ。
「それじゃあ、ネット書店でも売られているのは、利益は全部あちら側?」
「さあねえ、どうなってるのか知らないのよ」
1冊出すのに少なくとも100万円はオーバーするだろう。「ジャンヌの涙」では、どうしてもジャンヌ・ダルクの生家を見てみたくてフランス東部・ロレーヌ地方のドンレミ村へでかけた。詩作のための出費は惜しまない。にもかかわらず、売れても1円もバックがないというのも驚きだが、有働さんの、あまりにものあっけらかんとした無頓着ぶりにこそ仰天する。本気で遊ぶ、堂々のあそびすとだ。
「本が出るとスッとするの」
書きたいから詩を書き、本を出す。1冊出してしばらくするとまた、書きたいことがたまってくる。どう書けばきちんと表現できるのか、なんとかいい本ができれば、それだけが関心事で、その他のことは気が回らないという。
「ある時から時間が動いてないの。大人になれてない。成長が止まっちゃったのね」
何気なく目を伏せた有働さんの面差しの中に、確かに純な少女がいた。
4作目の詩集の表題にもなっているシンガポール滞在中にみつけたタバコ「surya・スーリヤ」を有働さんと一緒に吸ってみた。吸い口がとても辛いわりに、後で口の中や唇の辺りに不思議な甘味が残った。
有働さんはひどくむせてしまった。
スモーカーの筆者に無理に合わせてくれたのではと心配した。
11月の初旬、一帯のギャラリーが一斉に催しものを企画して大勢の人たちにギャラリー巡りをしてもらおうという「ギャラリー・ウォーク」が計画されている。いい日を選んで有働さんと歩いて回ろうと約束した。
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