VIVA ASOBIST

Vol.78 平野啓一郎
――芥川賞から14年、作家・平野啓一郎と"分人"

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【プロフィール】
平野啓一郎
1975年愛知県生まれ、北九州市出身。作家

京都大学在学中の99年、文芸誌『新潮』に掲載されたデビュー作『日蝕 』で芥川龍之介賞を受賞。その後、『一月物語 』、『葬送 』と続く“ロマンティック3部作”の刊行や、様々な実験的手法を用いる作風、文化庁による文化大使としてフランスに滞在など、常に大きな話題を集めている。

近作のテーマであった“分人”について綴った『決壊 』と『ドーン 』で、それぞれ09年の芸術選奨文部科学大臣新人賞(『決壊』)、Bunkamuraドゥマゴ文学賞(『ドーン』)を授賞。昨秋刊行、“分人”思想の集大成とされている『空白を満たしなさい 』は今大注目の一冊。


平野啓一郎公式ブログ:http://keiichirohirano.hatenablog.com/

 

 

なんとなんと日本文壇の最高峰、芥川賞作家がご登場。
99年、現役京大生でありながら『日蝕』で射止めたのがこの人、
作家・平野啓一郎!
脅威の新人が作家デビューと授賞のその日まで、
そして話題沸騰の『空白を満たしなさい』のおはなしもたっぷりと。
作家・平野啓一郎とは、そして“分人”とは?
さあ読んでくれ!



――ここ最近、当コーナーには作家の方によく登場いただいておりますが……今回は超大物に来ていただきました。
平野●ははは。
――99年『日蝕』で純文学の最高峰、芥川賞を授賞。しかも当時、京都大学在学中の23歳だった平野啓一郎さんです。まさかの芥川賞作家登場、とお伝えしておきます。
平野●どうぞよろしくお願いいたします。
――昨秋に上梓されました長編小説『空白を満たしなさい』が、いま大きな話題になっています。物語はもちろんのこと、キーワードである“分人”など、聞きたいことがたくさんありますが、まずは平野さんのことを教えていただこうと思います。
平野●はい、わかりました。
――『日蝕』で芥川賞を授賞された当時、私は平野さんより歳が二つ下なだけのフリーライターでした。スゴイ人がいるもんだと思わずにいられませんでしたが、授賞されるきっかけにもちろんなります、“小説家への道”をまず教えてください。
平野●そうですね……最初に小説を書いたのは高校生のときで、「とにかく書きたい」って気持ちだったのですが、それで作家になりたいというのは思っていなかったんですよ。なんか学校は学校で楽しかったのですけれど、そこでは満たされないところがありまして。その一方で本を読むのもすごく好きでしたから。学校生活では表現しきれない物を文章として書くってことにハマっていたのでしょうね。
――はい。
平野●それはいまでも似たところがありまして、自分の中で書きたい物が迫り上がってきて、それが表現に繋がっていっていますね。表現したいことが満ちてきて、それを書いているような感じです。

小学生で書いた作文は……フィクション!?

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平野啓一郎
写真提供・講談社
――ありきたりな質問ですが、国語の授業で作文を書く課題ってありますよね。作文って大好きな生徒と大嫌いな生徒で分かれますよね。
平野●はいはい、わかりますねそれ。僕はやっぱり好きでしたよ。でもホントのことを書いたことはほとんどありませんけど(笑)。
――えっ?
平野●だいたいフィクションですね。いや、ほかのみんなもそうだと思っていたんですよ(笑)。ある日、みんながみんなホントのことしか書いていないと知ってビックリしました。
――そりゃビックリしますよね、当時の平野さんも、いまの私も(笑)。小学生のころから“フィクション作文”だったんですか。
平野●そうですね。小さいころからです。
――たとえばですね、5月の大型連休明けにその思い出を……なんて課題が出たとします。そこで小学生の平野啓一郎くんが提出した作文は、フィクションでありながらちゃんと先生が納得してしまうような内容だったのでしょうか。
平野●そうですね、いちおうリアリズムの体裁を取りつつ……あ、とっかかりは本当にあったことが多いのですけれど、それだけだと成り立たないんですよ(笑)。おもしろくしたくなるんですね。
――な、なるほど(笑)。
平野●それと「人権週間」とかに作文コンクールがあったりしますよね。そこで……僕はイジメられた経験はないのですけれど、あたかもイジメられていたという実体験を一人称体で書いて、それがうっかり賞とか取っちゃったりして……。
――読者のみなさん、これは平野さんの小学校時代の話ですから。すでに時効ですよ(笑)。
平野●それが廊下に貼られたりして、読んだ友達が心配してくれたりしましてね。先生も「これは誰にやられたんだ」って心配してくれて。
――先生にしてみれば由々しき問題ですからね(笑)。
平野●ただもちろん、悪気があってやってたわけじゃないし、真面目なんですよ、本人は。他人事じゃなくて、自分自身の体験として、フィクションを通じて考えるわけですから。だいたい作文を書く前に、いろいろな例を聞かされるわけですよ、先生から。それを聴きながら、むしろ、こういうことなんじゃないかと、想像を膨らませて。
――平野さんは自分自身の体験を基にしたようないわゆる“私小説”には興味がないとうかがいました。迫り上がってきた書きたいことを書くと先ほども言われていますが、この“フィクション作文”はそこに繋がっているかもしれませんね。
平野●そうかもしれませんね。僕のことなんかをそのまま書いても興味ないんじゃないかと思うんですよ。まあ、これくらいずっと小説を書いてきましたし、僕の本を読んできてくれた人にとっては興味があるかもしれませんが、世に出てまだそうではない段階のときに見知らぬヤツの日常生活を書いても……書く側でも読む側でも僕自身が興味がないんです。
――はい。
平野●書いていても自分がおもしろくないんですよ。せっかく書いて、そして読んでもらうなら、そこに“なにか”やっぱり日常から飛躍するものがないと、と思います。
――“GWは家族と動物園に行った。おしまい”では済ませられない(笑)。
平野●作文のときからそうですよ、ずっと。ですから意図的にやっているのではなく、これはもう気質なのでしょうね。

「普通のサラリーマンになろう」が作家へ変化した理由、それは“ヒマ”

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「社会で淡々と働くはずが、
大学3年生の時には小説家になりたいと思っていましたね」
――高校時代に初めて小説を書かれたとき、作家になろうと思われてたわけではなかったとのことでしたが……。
平野●はい。高校を卒業して大学に行くわけですが、そのときは普通のサラリーマンになろうと思っていたんですよ。というのも、高校2年で最初に書いた小説、あれを友人の何人かが読んでくれたのですが、その感想が……。
――酷評だったとか……。
平野●いや、「こんなのダメだよ!」って言われるんじゃなくて、なんか傷を付けちゃいけないな……って感じの優しい反応でして(笑)。僕も書ききった満足感があったし、もういいやと思って、以後おとなしく受験勉強をしてました。
――はい。
平野●「社会で淡々と働く」ってのに憧れがあったんですよ。そういう人間のほうが社会の役に立っていると思いましたし。トーマス・マンが好きでしたから。それで京大の法学部に行って、真っ当な道に進もうと思いました。なので、大学に進学するとき本を1冊も持っていかなかったんです。
――本を読むのが好きだった平野さんが1冊も持っていかない、そんな覚悟で進学されたのですね。
平野●そうです。ですが幸か不幸か、当時の京大の法学部はヒマでヒマで(笑)。
――あらら。
平野●京都は遊ぶ場所もないですし、お金もない。そうするとできることはバイトか、バンドか、本を読むとか、よからぬ組織に首を突っ込むとか(笑)……それでまた本を読むようになったんですよね。それでも当初はまだ普通に就職しようと思っていましたけど。
――どんな職業に就きたいとか、あったのですか。
平野●いや、これは半分くらいの法学部の学生にあることですが、「法学部卒はツブシが利くから、とりあえず4年間で考えよう」ってやつです。いろいろ漠然とは考えましたけど、定まってませんでした。
――平野さんは本を読む以外にも、バイトもバンドもされていたそうですが、そこでまた「書く」という選択をされました。
平野●そうですね。本もまた読み始めましたし、なんか自分の中に抑えがたい表現意欲があったんです。大学3年のころには「小説家になりたいな」と考えるようになりました。
――「書く」という表現方法だけでなく、実際に平野さんもやられていた「音楽」という表現方法もありますよね。“ジャズの帝王”マイルス・デイヴィスに関する著作もある平野さんとして、音楽の道を目指す選択肢はなかったのですか。
平野●音楽はですね、中学、高校時代からギターをかなりやっていたんです。
――あ、“早弾きの平野”ってことでギターを弾いているのをテレビで観たことありましたよ(笑)。
平野●ははは(笑)。まあ熱中していたんですけれど、やっぱり能力的な限界を感じました。高校のときはあまり感じなかったのですけれども、大学生になったら、ね。京大は軽音が盛んでもあったので、ホントに上手い人がいましたし。人と比べても限界を感じましたし、自分でも感じました。
――自分でもとおっしゃるのはどんな部分なのですか?
平野●僕は小説では、構想の段階より完成したもののほうがだいたい何倍もいい仕上がりなんですよ。終わってから構想に立ち返ってみると、「あれ、こんなところから始まったんだっけ?」なんてことになるときもあります。それが音楽の場合だと、だいたい構想のほうがいいんです。できあがった曲とか演奏のほうがヘボくて(笑)。「こんなふうじゃなかったのに……」ってなってしまう。こういう向き不向き、なんでしょうね。
――小説家やライターにおける編集者じゃないですが、当時の平野さんの横に敏腕音楽プロデューサーがいたら時代は変わっていたかもしれません(笑)。
平野●うーん、……いや、やっぱりミュージシャンって独特のノリというか、そういうのがありますよ。僕はやっぱり違うと思う。ミュージシャンにも知り合いがたくさんいますが、彼らはやっぱり、なるべくしてなったという感じがする。作家は作家でノリがあるんですけれども、ミュージシャンになる人たちは、やはり独特の種族ですよ。単に楽器が上手とかじゃないんですよね。ですから選択を間違わなくてよかったな、と思います。

芥川賞作品『日蝕』――デビュー作を編集者に読んでもらう“秘策”

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『日蝕』を投稿する際に
「賞には興味がなかった僕が取った行動は……」
――「作家になりたい」という選択が間違ってなかったことがまず証明されたのが芥川賞受賞だと思いますが……当時、「現役大学生が授賞!」というニュースを、まったく信じられない思いで見ていました。
平野●『日蝕』を書いているときというのは、もう書くことだけに集中しているわけですし、もちろん芥川賞の“あの字”も頭になかったです。『日蝕』ってだいたい原稿用紙で250枚あるんですよ。で、芥川賞って原稿用紙200枚以内くらいなんですね。そういう内規があると思う。だから、ノミネートされたこと自体もちょっと異例だったんですよ。
――はい。
平野●書いている内容も異例だったでしょうし。僕は全然、文壇の動向とかも無知でしたし、書きたいことを書いてただけですからね。賞をもらおうなんてイメージはまったくなかった。読んで共感してくれる人が何人かいればそれでよかった。ですから『新潮』に載るってなったときはそれは嬉しかったですけれど、まさか芥川賞を取るなんて想像もしてなかったです。
――『新潮』掲載のきっかけとなる原稿の投稿の前に、編集部宛に“手紙”を送られているんですよね。
平野●はい、そうです。当時、ある雑誌に『新潮』を含む文芸誌の編集長による「我々はいまこういう新人を求めている!」なんて特集が組まれていて、『新潮』からは当時の前田編集長が文章を書いていて、それがいちばん共感できたんです。この人だったら自分のことを理解してくれるかもしれないな……と思ったのですが……
――ですが?
平野●『新潮』は巻末に「御投稿作品は、全て『新潮新人賞』応募原稿として受付けます。」と書いてあるんですね。賞に興味が無かったから、先に手紙を書いたんです。
――はい。
平野●手紙というのも一種の文学ですからね。それを読んで心を動かされないのであればその程度のものでしょうしね。ですから、これを読んだらどんな人間でも「じゃあその原稿を読ませてくれ」と言いたくなるような手紙を書きましたよ、それは(笑)。
――編集者としては読まずにいられない、くすぐられる手紙ですね。
平野●はい。まあ……最近よくホームページ経由とかで「原稿を読んでください」ってメールが届くんですけれど、その人たちが大体、間違っているのは、そのメールの内容自体がつまらないんです。
――あ、それは寂しい(笑)。
平野●それって原稿なんて絶対に読む気にならないですよ。僕の「善意」をアテにしすぎてる。でも、人が何か読むかどうかって、そんなことじゃない。これって、根本的な問題ですよ。どうして、イヤでもなんでもどうしても読みたくなるようなメールを書かないのかが僕は不思議なんです。僕だって、そこまでナイーヴじゃなかった。もちろん、自分の思想を書いて、熱意を書いて、……っていうのはあるし、今でも本が出たらインタヴューでそういう話もしますけど、人がじゃあ、その小説を読みたいかどうかって、別問題ですからね。
――平野さんは編集者に読んでもらう工夫をしたわけですね。作品と同じくらい読んでみたい手紙ですね。
平野●デビューしたときに「投稿作品は新人賞に送られるはず。いきなり掲載されたのはズルイ!」って言っている人がいたんですけど、言っちゃ悪いですが、そういう人は永久に作家になれないでしょうね。
――永久になれない……。
平野●作家というのは、やっぱり、“世の中の価値観を変える”という大きな仕事を担ってると思う。なのに、文芸誌の規定を読んだだけで、何の疑問もなく、「言うこと聞かなきゃ」と思ってしまう。そんな人たちは、やっぱり、向いていないんですよ。
――なるほど。
平野●ちなみに、その後、『新潮』編集部に大量に手紙が届くようになったらしいですけどね。
――あ、それ“つまらないメール”とやっていること変わらないですね(笑)。
平野●それもまたダメなんですよ(笑)。状況を想像したら、わかるじゃないですか。また別の方法を考えないといけませんよね。表現っていうのは、作品を生み出して、発表するところから、もう始まってるんですよ。

芥川賞で得た“幸福感”

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「『葬送』という小説を書けたのは、
芥川賞のおかげですね」
――そんな賞などまったく考え及ばなかった平野さんに最高峰の賞が贈られることになります。
平野●そうですね。
――率直にうかがいますが、周囲も、そして人生も変わりましたよね。
平野●はい、それはもう変わりましたね。
――喜ばれた方、いっぱいいるでしょうね。それこそご家族とか……。
平野●前田さんをはじめとして、僕のデビューに尽力して下さった方たちもいましたからね。風当たりもあったでしょうし、その人たちが喜んでくれたのは嬉しかった。あと、身内はもちろん。芥川賞は文壇に対してよりも、社会的な影響力の大きい賞ですよね。「小説書いてるんだ」って言っても、普通、反応は微妙ですけど、芥川賞を取ったなれば、なんか、それなりのことなんだと思ってもらえる。親だって人に言いやすかったでしょうね。
――親がホッとするってのは大きいですよね。
平野●あと大きかったのは、僕がその後に『葬送』なんて小説を書けたのも完全に芥川賞のおかげです。『日蝕』=芥川賞でできた経済的な余裕と知名度のおかげで、3年くらい京都に引きこもって書けましたから。時間も余裕も、全部、『葬送』を書くことに費やして終わり、みたいな感じでした。
――『日蝕』、『一月物語(いちげつものがたり)』に続く、“ロマンティック3部作”と称される作品群の3作目ですね。3作ともぜひご覧くださいませ。
平野●よろしくお願いいたします(ニッコリ)。
――で……あの……ワタクシ、同年代から芥川賞なんてスゴいスゴいとはしゃいだくせにですね……『日蝕』、手にとって中を開いて、断念しました……。
平野●まあ、そういう人もたくさんいました(笑)。
――その……擬古文にやられてしまいまして……。
平野●正確に言うと、「擬古文」じゃないんですけどね。擬古的ですけど、あれはあれで新しい文体なんです。まあ、でも、難解な漢語も多用しましたし、そのイメージは、未だに多くの人の中に残ってますね。『空白を満たしなさい』とか、最近のものを読んでもらえれば、全然印象が違うと思いますが。『日蝕』もこれを機に、また開いてみてください。
――あ、ありがとうございます。
平野●僕はもともと、良くも悪くもロマン主義的な人間でして、いちばん自分の気質に忠実に書いているのがあの3作です。『葬送』なんて、書いていて本当に幸福感がありました。

『空白を満たしなさい』――読者、そして主人公による“分人”への旅

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『空白を満たしなさい』
3年前に死んだはずの主人公・徹生が甦り、
病院を訪ねるところから物語が始まる
――お待たせしました、昨秋刊行されました『空白を満たしなさい』についてうかがいます。まず、1ページ目を開きまして、現代の文体でホッとしたのを告白いたしておきます(笑)。
平野●ははは。
――それから読み始めましたが、主人公である土屋徹生が普通に登場しつつも、彼は実は3年前に死んでいる。
平野●はい。
――それが当時のままの容姿、死に至る部分以外は記憶もそのまま蘇っている。自分も周囲も、そして読者も困惑しながら始まりますが……私はその後、謎、怒り、推理、不安……様々な感情とともに、493ページをまさに“ページを繰る手が止まらない”勢いで読ませていただきました。
平野●ありがとうございます。
――そんな本書のポイント、キーワードになるのが“分人”という考え方です。読んでいてすごく腑に落ちたといいますか……。
平野●はい。
――いわゆる“ネタバレ”に繋がらないようにと思いますが、簡単に言いますと、「大好きなAさんに接している自分と大嫌いなBさんに接している自分。それは同じ自分だが、その対応や態度などは異なる。同じ“個人”だが別、それが“分人”」というような感じでしょうか。作中では徹生が「人は個人でしかない」旨の発言があり、私もそう思っていましたが、人によって接し方はたしかに異なります。……読んでいる最中からいろいろと考えてしまいましたが、平野さんがこの“分人”という考えに至ったのはいつくらいからなのでしょう。
平野●そうですね……意識をし始めたのは小学校や中学校のころですね。たとえば、学校の先生から僕の親が「平野くんは相手に応じて小器用に自分を使い分けている」とか言われたりするんですよね。当然、ネガティブな意味合いで、です。
――“八方美人”とかそんな単語が浮かびました。
平野●それで僕は、やっぱり傷つきましてね。だからって友達感覚で先生に「おいお前っ」なんて言ったら怒られるわけですし(笑)。それと、学校で友達とかと話していると、楽しいんですけれど、なにか満たされないものがある。それで家に帰って本を読んでみたら非常に幸福感を感じる自分がいる。文学に感動している自分という存在が、あまりにも大きすぎて、学校にいる自分は表面的な、友達と調子を合わせているだけなんじゃないか、そう思うようになったんですよ。
――はい。
平野●そう考え始めると、コミュニケーションがどんどん虚しくなってきちゃうんですよ。友達といてもお互いに表面的な関係だとか思うわけですから。けど、実感とは違うんですよね、それはそれで。友達といても、本気でいろんなことを喋ってるわけですから。他人から孤立した時が本当の自分だというの考え方も、違和感を感じてました。……その辺から、自分の中の複数性みたいなことを感じ始めてました。10歳代の始めでしたね。
――それが“分人”のきっかけでしたか。
平野●みんないろんな“顔”を持っているのは感じてはいると思うのですけれど、問題はそれを肯定するかどうかってことだと思うんです。単純なようですけれど、僕はそれを肯定できるようになるまでものすごい時間がかかりましたから。
――平野さんでも、ですか。
平野●『ドーン』という小説を書くまでは、本当の自分と表面的に使い分けている自分という図式にかなり捕らわれていましたね。『決壊』で、その考え方の限界を徹底的に突き詰めて、やっと先へ進めたのが『ドーン』です。あの小説で、“分人”という思想が初めて登場します。
――10歳代で意識をした平野さんでもそれだけの時間がかかったんですから、実際に同じような指摘を受けて悩んでいる方はとても多いと思います。
平野●そうだと思います。
――その自分の中の“分人”という考え、それを整理して肯定していく様子が『空白を満たしなさい』に書かれているのだと思います。徹生をはじめ様々な人物、妻である千佳、かなり怪しい存在である佐伯、そして作中で“分人”を提唱する池端……彼らがこの1冊の中で読者のために“分人”を追求してくれているんだと思いました。徹生なんか復生(作中で蘇った人たちを指す)してまで解説してくれ……いや、自分が蘇った意味を探すために“分人”に辿り着いたわけですし。
平野●ええ。
――最初、病院のシーンから始まります。ミステリかな、蘇ったってことはSFかな、奥さんと子供とまた新しい生活を築いていく恋愛小説かな……そう思いながら読み終わったときには“分人”に辿り着いている……作者の方を前に言うことではないのですが、いろいろな楽しみ方をしたら自分の中に新たな考えが生まれていた、そんな500ページ弱でした。すみません(笑)。

「小説なんですから、おもしろくないと話になりません」

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インタビュー当日、講談社は就職試験で会議室等がすべて満員。
「講談社の貴賓室」(担当者談)で行なわれました
平野●いや、ありがとうございます(笑)。謎解きの要素も今回、たしかに入っていますよね。ただ、単に表面的に話をおもしろくする謎解きだと、読んでいる間に消費して終わってしまいます。自分にとって最大の謎というのは、“自分自身”です。主人公である徹生が“自分という謎”を解いていく、謎解きのおもしろさが“自分ってなんなの?”という本質的な謎に繋がっていないと、単に話を盛り上げる仕掛けになってしまう。それでは意味がないんです。
――平野さんからしてみればこれは単なる盛り上げの仕掛けに乗ってしまった可能性もありますが、「“復生者の会”の代表は怪しい人物なのでは?」とか、佐伯も実は……とか寄り道しつつ読み進めていって、最後に「ああ、すべては“分人”に繋がるんだ」とストンと腑に落ちました。
平野●まあ小説ですからね、まずおもしろくないとお話しになりません(笑)。ですから、想像力を大いに働かせてもらいながら、作者の思想を頭だけでなくて体でも実感してもらう、というのが、小説の理想ですからね。なので、すごく理想的な読者さんかもわかりませんね(笑)。
――平野さんが作中でいちばん注目してほしい、言い換えればいちばん好きな人物は誰になりますか?
平野●そうですね……基本は主人公の徹生でして、彼の“変化”を読んでほしいのはまずあります。僕の思想と近いのは、ポーランド人のラデックですね。
――彼と徹生とのメールでのやり取りや、初対面となったシーンでのやり取り、それに徹生が希望的なものを見出した上で、それに“肉付け”をして“分人”を確立していくのが池端という人物、そう感じました。
平野●実のところ、僕は知り合いに自殺をした人が何人かいるんです。彼らが気の毒なのは、死に方が自殺だったから、他にもいろいろなことがあった人生なのに、自殺を起点に人間像を総括されてしまうことです。「自殺するようなヤツだった」とか「自殺する結末に至る必然的な人生だった」とか。僕はそれが気の毒だといつも感じています。
――徹生や周囲がその点で思い悩む様が作中にもあります。
平野●一方で僕は三島由紀夫って作家が好きなんですが、僕自身、彼が市ヶ谷で自決をしたところから遡っていろいろ整理をしようとするところがあります。方法的に間違ってるんじゃないかと感じながら。ラデックという人物はそういうことを語る役割ですね。
――自殺したとされた徹生ですが、復生した彼は「自殺などするわけがない」と言って、ミステリ的な面でその真相を探ります。そこで、夫の自殺で思い悩んだ妻や周囲、そして自殺だとしたらその理由を、他殺なら犯人に辿り着きたいと思いつつ、苦悩する当人。この当人=主人公だけでも“分人”に迫るには充分だったと思いますが、他にも様々な理由で死んでしまった復生者が登場し、それぞれが“分人”を追う……。バカにするわけではないですがどんな“スピリチュアル”な本、“自分探し”の本よりも、楽しみながら作者の思想性が感じられたと思います。
平野●ありがとうございます。そういっていただけたら嬉しいですね(ニッコリ)。僕自身は無神論者ですし、スピリチュアル系の本とかも関心がないです。ただ、そういう本を人がもとめるのは、“なにか”の考え方を自分なりに持って、いまの時代を生きていきたいからでしょう? 僕は自分の文学が、そういう人の心にも届けばいいなと期待しています。
――どうぞみなさん、手にとってみてください。
平野●よろしくお願いいたします。

平野啓一郎、“分人”に続くは“変人”?

――平野さん、今日はありがとうございました。99年の芥川賞授賞から14年の年月が流れました。99年当時の芥川賞の選考委員だったある作家の方は今年で80歳ですが、平野さんは37歳。まだまだいろいろな作品を世に送り出していただけると思います。
平野 ●“分人”思想については『空白を満たしなさい』が、現時点でのひとつの到達点だと思ってます。なので、いま考えているのは……

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「“分人”については『空白を満たしなさい』がひとつの到達点です」
どうぞご一読を、そして次なる“平野ワールド”を待て!
――はい。
平野●『空白を満たしなさい』の主人公、徹生は“いまの時代の典型”のような人物だと思うんです。生きづらさを抱えている30歳代半ばの男性、という。
――“力強すぎるほど真っ直ぐ”ですよね。
平野●そうですね、“徹生”ってくらいですから(笑)。でまあ、僕としてはそういう生きづらさに対する一般的な解を書けたんではないかと思うんです。多くの人がこの小説を読んだ共感してくれました。苦悩から解放されて、楽になれたと。なので……
――……なので?
平野●その一般解を踏まえた上で、“特殊解”と言いますか……“分人”じゃなくて“変人”とか……。
――へっ、変人……?
平野●世の中の大多数の人には薦められないけれど、それでもその人の生活が成り立っているのならいいじゃないか、そんな特殊事例をしばらく書きたいですね。たとえば谷崎潤一郎の小説の主人公なんていうのは、マゾヒストの男が女性を崇拝しながら生きていたりしますよね。
――しますね(笑)。
平野●いま生きづらいって言っている人にそんな生き方を薦められないけど(笑)、ある人の生き方としてはそれはそれでいいわけです。そんな特殊な人たちを書きたいですね。そういう生き方に憧れもみんなあるわけですからね。
――なるほど、では平野流の“変人”を期待しております……って、ヘンな思い出し方ですが『空白を満たしなさい』で印象に残っているシーンがあるんですね。
平野●はいはい。
――えー、復生した徹生が最初に千佳とベッドを……ソファでしたけど、まあ“ベッドを共にする”シーンでして。
平野●ああ、ええ。
――そこで、あの、“営まれた後”のやり取りで「大丈夫だった?」って徹生が聞くんですよね。その答えが「気持ち良かったぁ」なんですよ。
平野●そうですね。
――私、こういうシーンでこんなアッサリした、文字通り“気持ち良い”やり取りを初めて目にしました(笑)。
平野●ははは、僕も『高瀬川』とか『かたちだけの愛』とか、いろんな作品で“濡れ場”を書きましたけれど、このふたりは夫婦ですからね。ごく普通の若い夫婦の描写、ということですかね(笑)。いいものとして、書きたかったですね。
――なんか細かすぎる、かつヘンなシーンですみません(笑)。
平野●いえいえ。『空白を満たしなさい』でも、いろいろな感想を読者から聞かせてもらいましたが、そのシーンをそんなに褒められたのは初めてですから、嬉しい限りです。僕は好きなシーンですけどね。
――なんか締まらないので、もう一度大きな声で言いましょう。みなさん、『空白を満たしなさい』は必読ですよ!
平野●よろしくお願いいたします。
――平野さん、今日は勉強させていただきました。ありがとうございました!
平野●ありがとうございました(ニッコリ)。











読み物 VIVA ASOBIST   記:  2013 / 04 / 30

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