うららの愛Camera

リンホフマスターテヒニカ45Vとニッコール-SW 90mm F4.5S
旅先の作品撮りはこの組み合わせで撮影していました。
写真家・高井哲朗

2013 / 01 / 17

urara130115_01.jpg 今回は、インタビュー/記者会見のコーナーで『東京写真研究倶楽部』の魅力を語ってもらった高井写真研究所の高井哲朗さんに、インド、デンマーク、スコットランドなど旅先での風景写真を撮影するために購入したカメラ、そしてポートレート作品用のカメラについて話を聞いた。

うらら:カメラとの出会いを教えてください!!
高井:最初は日光写真だったね。小学校2年生のころに印画紙に直接感光させる写真が面白くて、よく撮影していました。あっという間になくなっちゃう。お祭りの出店で売っていたんですけど、5円くらいだったかな〜。
うらら:そんなに安かったんですか〜?
高井:ずいぶんと昔だからね。それから、中学校3年生の時に500円くらいのカメラを買って、撮影していました。ちゃんとフィルムを入れるんだけど、おもちゃのようなカメラだったね。今でいうレンズ付フイルムのようにジャリジャリまいて、“ポシュ”ってシャーターを押す感じですね。内緒で綺麗なお姉さんの後ろ姿を撮ってました(笑)。
うらら:そのころからおねえさんですか〜。
本格的なカメラを持ったのはいつごろですか?
高井:最初は、父のレンジファインダー・カメラを使っていました。メーカーは憶えてないなぁ〜。友達のお父さんが暗室も持っていたので、そこで現像をさせてもらっていました。
うらら:暗室作業も楽しかったですか?
高井:高校時代は、科学部で写真を撮影していました。写真部はなかったので……。修学旅行や球技大会の写真を撮影して、同級生みんなに売ってましたね。
うらら:売ってたんですか! もう、そのころからプロ・カメラマンだったんですね!
高井:模造紙に貼って、番号書いてもらって……。

urara130115_02.jpg うらら:高校から先の進路は?
高井:もう、写真でいくしかなかったからね。高校まで暮らしていた岐阜から、東京写真専門学院 ・大阪校(現在のビジュアルアーツ専門学校・大阪)に進学しました。新聞配達をしながら学校に通いました。このころに使用していたカメラは、ペンタックスSP。3〜4万円くらいで購入したかな。ニコンは高くて、まだ買えなかった。卒業後にニコマート(60〜70年代にニコンがプロやハイアマチュア向けのFシリーズ以外で、廉価版として製造したカメラ)。まだまだ、Fシリーズは買えなかった。
うらら:卒業後は……?
高井:卒業後は飲食店で働きながら、作品作りとしての女性のポートレート写真を撮影していました。作品を雑誌に掲載してもらったりしもしてましたね。
その後、プロ・カメラマンとして生計をたてるには、東京に出ないといけないと思い上京し、港区の六本木スタジオでアシスタントの仕事につきました。このころに使用していたカメラはニコンEM。
うらら:そのころは撮影は?
高井:スタジオの合間に商品撮影をしていました。仕事が終わってから作品撮りをしてましたね。3カ月に一度、休みがあったから……。
うらら:えっ? 3カ月に一回ですかぁ〜! お給料はもらえたんですか?
高井:最初の3カ月はなかったかなぁ〜。その後、月3万円の給料だったね。
うらら:それで家賃とか払えたんですか?
高井:住み込みだったから、その心配はなかったね。睡眠時間は約4時間だった。

urara130115_03.jpg うらら:かなりの激務ですね。どのくらいスタジオマンをされていたんですか?
高井:1年半くらいだったかな? ある意味貴重な体験をさせてもらったね。その後、鳥居正夫さんのところに弟子入りして、そこで1年半くらい勉強させていただきました。その後、27歳でフリーに。鳥居さんのところで修行させていただいたこともあって、当時は男性雑誌の仕事をしていました。その時に使用していたカメラがニコンF2。念願のニコンFシリーズを丸井の月賦で(笑)。『ポパイ』が創刊されたころで、『男子専科』、『メンズクラブ』などの男性雑誌が華やかだった80年代。私は『チェックメイト』の仕事など、3年ほどファッション写真を撮ってましたが、スチールライフ写真をずっと撮りたと思っていましたので、いろいろと作品を待って営業に行きました。光をモチーフに撮影をした実験的な作品を広告代理店 JWT(トンプソン)に売り込みにいき、そして採用してもらった時は嬉しかったですね。
その持ち込んだ実験的な作風の写真で2年間続けさせていただきました。蛍光灯を撮影して、色をつけたり、多重露光をしたりして、B全ポスターと雑誌見開きのコダック社のイメージ広告として撮影させていただきました。イメージ広告なので、商品はなくロゴとキャッチコピーだけのシンプルなデザインでしたね。水彩画っぽいタッチで今回は撮影したので、次は日本画風など、自ららプレゼンテーションして広告制作を。それが私のスチールライフ写真のデビュー作といってよいでしょう。その時のアートディレクターは森田純一郎さん。大変お世話になりましたね。この作品でAPA賞をいただきました。

urara130115_04.jpg うらら:今回紹介していただける、4×5のカメラはいつごろ購入されたんですか?
高井:このカメラは、リンホフマスターテヒニカ45V(Master Technika 45V)。40歳のころかな? インドで写真展を開催することになって、風景写真を撮影するために購入しました。
うらら:なぜ、インドに……。
高井:インドから呼ばれたので……。
うらら:???
高井:当時、写真家仲間たちとのサークルがあって、いろいろな方に作品を観ていただける機会があり、1993年にインドで写真展を開催することになりました。一週間ほど、インドに滞在して作品撮りをし、その後、インドで写真展をすることになりました。現在、ギャラリー E&M 西麻布で開催中の『monochrome VII「Snapshot "flaming 2:3"」展』で、その時のインドの写真を展示しています。また、デンマークやスコットランドでも写真展を開催し、その旅ごとに作品撮りをしましたね。このカメラは主に仕事で使うのではなく、旅先の作品撮りで使用していましたね。持ち歩けるタイプの4×5のカメラは風景写真に向いてますね。様々な地域を周りましたのでたので、キズだらけでしょ。
うらら:欠けてるところもありますね。
高井:スコットランドで落として、欠けてしまった(笑)。(上写真参照)

urara130115_05.jpg 高井:フィルム・フォルダーは(上写真参照)、6枚連続撮影が可能なグラマチックフィルムホルダー・中枠6枚付。連続撮影が可能なのでとても便利だね。実際のフィルムのセットは暗室で行ないますけど、こういった感じで(下写真参照)、このフォルダーをいくつも用意して撮影に出かけます。
あおりは、レンズ上部の左右のネジで上下を、下部のレバーで左右を調整します。本体後部の蛇腹でも調整が出来ます。このあおりは、建物の撮影で威力を発揮しますね。(下写真参照)
レンズは、ニッコール-SW 90mm F4.5S(NIKKOR-SW 90mm F4.5S)。ニッコール大判用の広角レンズで、建築物の撮影に適してます。風景写真で威力を発揮するレンズです。

urara130115_06.jpg urara130115_07.jpg うらら:続いて、紹介いただけるカメラは?
高井:こちらは中判カメラ・ハッセルブラッド500C/M(MHASSELBLAD 500C/M)。主にポートレート作品用ですね。レンズはマクロプラナーの120mm(Carl Zeiss Makro-Planar CF 120mm F4)。今、使っているハッセルのデジタルカメラも、この120mmのマクロレンズを使っています。これで、ぐっと寄って至近距離からアップを撮影します。全身を撮影する際には、80mmマクロを使います(Carl Zeiss Planar FE 80mm F2.8 T*)。当時の作品用のポートレートは、ほとんど、このハッセルの6×6で撮影しましたね。今はデジタルのハッセルで撮影してますけど。そちらも参考までに紹介しますね。ハッセルブラッドH3D(MHASSELBLAD H3D)。3900万画素で発売当時の定価は462万円。
うらら:そんなに高価なんですね〜。
高井:レンズはハッセルブラッドHCマクロ120mm(HC MACRO 120mm F4)とハッセルブラッドHCマクロ80mm(HC MACRO 80mm F2.8)を使用してます。アップと全身用ですね。

urara130115_08.jpg urara130115_09.jpg



urara130115_10.jpg
Linhof Master Technika 45V / NIKKOR-SW 90mm F4.5S F11、1/125
urara130115_11.jpg
Linhof Master Technika 45V / NIKKOR-SW 90mm F4.5S F11、1/125
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Linhof Master Technika 45V / NIKKOR-SW 90mm F4.5S F11、1/125
urara130115_13.jpg
MHASSELBLAD 500C/M / Carl Zeiss Makro-Planar CF 120mm F4 F11、1/125
urara130115_14.jpg
MHASSELBLAD 500C/M / Carl Zeiss Makro-Planar CF 120mm F4 F11、1/125



urara130115_15.jpg 『東京写真研究倶楽部』
■場所
高井写真研究所
東京都港区白金1-16-6 ストーク白金B1
TEL 03-3441-8893  FAX 03-3473-6033
http://www.kenkyujo.co.jp

■東京写真研究倶楽部パート2
会費5000円
おんなのこ・学生3000円

■VIPコース
10万円〜(スタジオ貸し切り)

プロフィール
高井哲朗(Tetsuro Takai)
1978年 フリーとして活動。
1986年 (株)高井写真研究所設立。現在広告写真を中心に活動中。

¦受賞歴
1984年 第20回 広告部門 APA賞受賞 (Kodak E-6ポスター)
1987年 第29回 雑誌広告賞受賞(AMEX Gold Card)/第7回 ラハティ ポスタービエンナーレ 第1位(New Basics ポスター)
1988年 第22回 広告部門 APA賞受賞(Uyedaジュエリー雑誌広告)
1989年 第30回 クリオ賞 プリント部門受賞(ハワイアントロピカルポスター)U.S.A
1992年 第35回 The Newyork Festivals Finalist Award (Kodak雑誌広告)
2002年 第30回(社)日本広告写真家協会公募展 APA 奨励賞受賞
2003年 第31回(社)日本広告写真家協会公募展 APA 奨励賞受賞
2007年 第35回(社)日本広告写真家協会公募展 APA 奨励賞受賞

¦個展開催
1989年 東京〜大阪 コダックフォトサロン
1993年 ベルギー アントワープ Galerie24/インド ポンペイ CPA'S Piramal Gallery
1996年 スコットランド グラスゴー MNS Photogallery
1998年 デンマーク ハーニング Denmark Photo Museum



urara130115_16.jpg 【関連記事】
『東京写真研究倶楽部』「写真で遊ぶかぁ!」
http://www.asobist.com/entame/interview/20120531.php

『東京写真研究倶楽部』写真の知識のない方もたくさん参加しています。
http://www.asobist.com/entame/interview/20120727.php

『東京写真研究倶楽部』で本格的な撮影!
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