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【映画レビュー】理想郷

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都会から移り住んだ田舎町は、夫婦が夢に描いていたものとは程遠いものだった……。東京国際映画祭3冠受賞、セザール賞で最優秀外国語映画賞を受賞するほか、今年8月時点では世界各国で56もの賞を獲得し、フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴをして「今年観た中で最も強烈な映画でした」と言わしめた話題作。

都会を離れて田舎で過ごすスローライフ。そんな憧れの生活を求めてフランス人夫婦が移り住んだのは、スペインの山岳地帯の小さな村。有機農法で育てた野菜をマルシェで売り、ささやかながらも有意義で確かな幸せを噛みしめる日々だったが……。

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都会人が田舎に憧れるという感覚は、実は私にはよく分からない。私自身は新潟市中央区の生まれで、そこは都会でも田舎でもない、でも決して大きくはない、全国で比べたら中くらいの地方都市だ。
そして、私の母親は新潟の胎内市黒川村という田舎町の生まれで、私が幼い頃にはよく連れて行かれたものだ。その田舎で何か嫌な目にあったわけではない。そうではないのだが、とにもかくにも言葉が聞き取れない。まるで外国に来たかのように、同じ新潟県でありながらあちらは方言の度合いが新潟市よりも強く、内気だった私は分からない言葉を聞き返す勇気もなく、ただただ黙り込み、子供らしくなく暗くふさぎ込むばかりだった。
そして加えるに、私は昔から虫が大の苦手だ。言わずもがな、田舎には虫が多い。新潟市ではあまり見ないような巨大な虫に遭遇し、絶叫しながら走って逃げる......、田舎に行くとそんなことが数えきれないほどあった。

そんな理由から、私は田舎の自然よりも都会のキラキラした高層ビルを見たほうがテンションが上がる。上京したての頃に住んだ安アパートですら輝いて見えたものだ。都会育ちの人々は「冷たい」「無機質な」と都会を批判するが、私にとっては都会の何もかもすべてが、キラキラ輝く財宝のように見えるのだ。

だからこそ、私には本作の夫婦と対立する方の兄弟の気持ちがよく分かる。彼らがやったことに賛同はできないが、理解はできる。
都会の輝きを知らず、或いは都会から拒絶され、かと言って自らが住む田舎に何の魅力も感じず、ただ生きることに精一杯の兄弟。

その兄弟に、都会から来た夫は自らの理想をふりかざす。学のない者を見下す言葉を本人に直接吐く。だが、夫婦がこの土地に来た高尚な理由も、兄弟にとっては脳内お花畑。どうでもいい軽々しい理由で自分たちの生活を脅かしてくる夫婦。のちに起こる忌まわしき事態への伏線は、冒頭で充分に張られている。

だがその夫も、最初から嫌味な男ではなかったのだろう。唯一交流のあった村人の人柄を見れば、それは明らかだ。とある巨大な利権と、それにまつわる対立......それさえなければ、夫婦はあの兄弟とも、単に気の合わない村人くらいの関係性でいられたのだろう。

監督は言う。
「一方にとって正義と思えることが必ずしも他方にとって正義とはならない」と。
価値観の違いと言ってしまえばそれまでだが、生活がかかっている方とすればそれは死活問題だ。そして一線が超えられていく。"学がない"者どもはあの顛末を予想できなかったのだろう。だからこそ、あれを起こしてしまうに至ったのだ。

本作は実話に着想を得たフィクションで、様々な複雑な要素が入り乱れている。
大きくは2部構成なのだが、構成の概要を語るだけでもネタバレになってしまいそうなのでこれ以上は語るまい。

だがこれだけは言っておこう。妻があの選択をしたのは、夫のためだけではない。妻は夫だけではなく、村人に対しても慈しみの心を持っていたのだ。それ故に終盤、とある村人にあの言葉を語りかけたのだ。

どちらか一方が完全なる善人というわけでも、どちらか一方が完全なる悪人というわけでもない。一筋縄ではいかないこの物語を、夫婦と村人、あなたはどちらの視点から観るだろうか。
きっと多くの人の中には、どちらからの視点も両方、多かれ少なかれ入っているだろう。
それが人間だからだ。

監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
脚本:イザベル・ペーニャ、ロドリゴ・ソロゴイェン
出演:ドゥニ・メノーシェ(『ハンニバル・ライジング』『イングロリアス・バスターズ』)、マリナ・フォイス、ルイス・サエラ、ディエゴ・アニード、マリー・コロン
配給:アンプラグド
公開:11.3(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開
公式サイト:http://unpfilm.com/risokyo/ 

© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E,Le pacte S.A.S.

 


記:林田久美子  2023 / 10 / 08











エンタメ シネマピア   記:  2023 / 10 / 09

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