VIVA ASOBIST

vol.29:津田忠彦
京劇って、面白いんですよ

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【プロフィール】
財団法人日本青少年文化センター常務理事
株式会社汎企画21代表

1974年:劇団世代代表/1984年:劇団世代訪中公演/1986年:京劇青少年劇場の企画・構成・演出、プロデュース、現在に至る/1993年:京劇三国志企画・制作に参加/1994年:大連京劇団名誉顧問/1997年:北京京劇院演出顧問/1999年:中華人民共和国より感謝状/2004年:第4回京劇芸術祭金菊賞授賞

京劇にかかわって早くも20年になる。日中文化交流の一環として、代表を務めていた劇団世代の訪中公演が行われた1984年、訪中団団長としてさまざまなトラブル処理に追われ、睡眠時間2時間という過酷なスケジュールの中での京劇との出会いだった。

vol.29_01.jpg 「芝居の演出をしているとね、ここで机をポンと飛び越えると面白いのにと思うことがあるんですよ。でもできない。ところが、京劇の役者はそういうことをやってのけるんだな。これには驚いた。実にインパクトが強かった」

中国には家元制度がなく、すべて英才教育。10歳くらいから徹底的に訓練を受ける。その中から、身体能力を含めたあらゆる能力に秀でた者が選ばれるのだ。考えてみれば、人口の割合からも、国の制度からも常識を超えた役者が存在しても不思議はない。

「僕は、京劇が大好きで、中国が大好きでなんて一度も言ったことがないし、これからも言う気はない」と断言する。しかし、京劇の話になると目がキラーンと光ってしまう。正直な人だ。

そもそも芝居がやりたくてとか、何がしたくてという大志を抱いて生きてきたわけではなく、行きがかり上こうなってしまったのだそうだ。よくあることである。しかし、与えられた環境の中で、真面目に一所懸命に発言し、行動してしまうから、気がつくといろんなものを背負ってしまう。

「世代という劇団は年に2本創作劇をやる劇団で、これは大変だった。演出のほかに、金の工面に奔走したり、本を書いたり・・・。あるとき舞台美術家に仕事を依頼したとき、背景にゴーギャンの絵をという指定があった。我々は何処からきたのか、何処へいくのかという絵。そう言われても金は無いし、いったい誰が描くのということになったんですが、結局、徹夜、徹夜で描きましたよ、絵まで。劇団は新宿2丁目にあったから、ゲイバーのメッカで、オカマのオネエサンがそんなことしてないで飲みにきなさいようって」

滅茶苦茶な生活だった。アパートに帰ると、ドアに鍵が掛っているのに窓から侵入して誰かが寝ていたり、お金はないのになぜかお酒だけは飲めるという生活。頭のどこかでは、こんなことをしていていいのだろうかと思っていたそうだ。

「こうやって一部を切り取って見ると楽しい人生に見えるけど、苦渋に満ちた人生ですよ。なにしろ金!金がない!という」結局背負った借金は2,000万円。それを全部一人で引き受けた。

劇団の活動で、子どもたちに芝居を観せるため、全国の学校を回った。子どもというのは、一番難しいお客さんだという。大人はつまらなくても付き合いで拍手をくれたりするが、子どもは、つまらなければ観てくれない。だから、子どもをくぎずけにするメソッドは何かが日常のテーマなのだそうだ。

京劇を日本で紹介するために、学校で子どもたちに観せてみようと考えた。すると、子どもたちは喜んで観る。言葉の壁などない。やはり面白いものは面白いのだ。

vol.29_03.jpg 中国には2000年も前から300種以上の地方劇があり、京劇は皇帝の住む都、北京の演劇だった。清の中期に、地方劇の良いところばかりをとって作られた比較的新しい演劇。イイトコドリは中国人の得意技である。文化大革命も発端は京劇だった。広い国土で教育の行き届かない中国は、字が読めない人も多く、演劇は教育にも利用された。文化大革命以来の長期に渡る低迷期を経て、再び古典の復活が許された。

国家一級俳優という称号を与えられた一流の役者を前にして、津田さんの演出家魂がうずくのだろう。日本の芝居の手法なども伝授し、テンポのいい構成で楽しめる京劇が、逆輸入という形で北京で歓迎されているそうだ。その京劇には演出家として名前を連ねている。 中国は何をするにもすべて許可が必要、面倒くさいことこの上ないが、黒幕もいて、しっかりコネを利用すればどんな困ったことでも逆転勝利してしまうようないいかげんな所もあるらしい。市場経済と共産主義の整合性などと考える必要はなく、ただの官僚主義で、毛帝国の形が変化してきているだけらしい。歴史の只中にあるととらえるのが正解のようだ。

「京劇も持ち出しですねえ」とは言いながらも、三国志、水滸伝、西遊記など、少年時代に胸躍らせた話を、徹底的に鍛えられた国家一級俳優たちと創り出す楽しさは、お金など問題ではないのかもしれない。ネットで三国志を検索すると9,010,000件という圧倒的な数の情報がある。日本人にとっても三国志、水滸伝、西遊記などはベーシックな冒険小説。劇画になり、ゲームになり、TVドラマになって親しまれている。それを本場の京劇で楽しんで欲しいと活動を続けている。

借金もすべて返済し、今は気持ちも軽いらしいが、演劇で儲けるという発想がないのが実にあそびすと。
では、何で借金を返済したのかというと、生業としているイベント会社のれっきとした社長さんなのだ。しかも、内モンゴルまで恐竜の骨を探しに行くなんて、こちらもあそびすとっぽい。それで、どんなイベントなんですかと訊ねたら、幕張メッセで入場者50万人を集めた「世界の巨大恐竜博2006」。これの企画・構成をしたのが津田忠彦氏本人でありました。

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雲南省京劇院訪日公演
『KYOGEKI 2006』
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中国吉林省京劇院
『西遊記ー火焔山ー』











読み物 VIVA ASOBIST   記:  2007 / 06 / 01

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