VIVA ASOBIST

vol.36:吉原宜克
アウトドア人生、これでヨシ、すべてヨシ。

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【プロフィール】
株式会社サンデープラニング代表
http://www.sundayplanning.com/

・1988年、日本セーフティカヌーイング協会(JSCA)創立に参加。10年間会長を務め現在顧問。
・JSCAカヤック・カナディアンカヌー 公認インストラクター・トレーナー ・(社)日本職業スキー教師協会(SIA) 教師
・レスキューインターナショナル スイフトウォーター・レスキューテクニシャン
・森林メディカルトレーナー(信濃町)
・長野県アウトドアインストラクター
・CONEリーダー(自然体験活動推進協議会)
・上級救命講習終了
【著書】
・昭和52年「カヌー」(駸々堂ユニコンカラー双書)
カヌー全般の入門書
・昭和56年「カヌーイング」(講談社スポーツシリーズ)
カヤッキングの解説指導書
・平成6年「カナディアンカヌー」(講談社スポーツシリーズ)
カナディアンカヌーの解説指導書

vol.36_01.jpg 吉原宜克(よしわらよしかつ)通称ヨシ。実にいい名前である。ヨシは決意の「ヨシ!イクゾ」であり、努力の「ヨシ、ガンバルゾ」であり、結果の「コレデヨシ」でもある。
昭和23年房総半島九十九里浜で産声をあげるが東京育ち。小学生だった頃、家にあった荷台の大きな黒い自転車に乗った。年齢から逆算すると昭和30年代前半。あの頃は、納豆売りも、豆腐屋も、酒屋の配達も、紙芝居もすべて荷台の大きな黒い自転車だった。まさに昔懐かしい昭和の風景である。昭和30年代の自家用車は、頑丈な黒い自転車だったのだ。そんな自家用自転車に乗れるようになると、ヨシ少年の行動半径は一気に広がった。最初は10km圏内。それから20km圏内まで。それが、冒険の始まりだった。

vol.36_02.jpg 家の自転車を乗り回しているうちに、次第に自分の自転車が欲しくなった。中学生になると、自分のサイクリング車を買うために、アルバイトでお金を貯めた。新聞配達、牛乳配達と精をだし、結果的にそれらはトレーニングにもなった。晴れてお金が貯まり、自分専用のサイクリング車を購入すると、日本中に飛び出していった。青春時代に突入だ。またそのころ、登山にも目覚め、奥多摩の山を歩き回った。そして、高校生になると丹沢や関東近辺の山に。「とにかく野外活動が好きだった」らしい。まだアウトドアなどという言葉はなく、野外活動と言われていた時代だった。

野外活動が好きという人はいくらでもいただろう。しかし、吉原さんはそれだけではなかった。それを職業にしようと考えたのだ。最初はスキーのインストラクター。しかし、スキーは3ヶ月しか働けない。なにかないかなと考えていたときにカヌーと出会い、その面白さに心を奪われた。まだ、若干24歳の時である。しかし、カヌーを教えてくれる人がいなかった。あまりにも早い出会いだったのかもしれない。でも、ここで諦めないのが吉原宜克。ヨシ!ヤルゾとカヌーに挑戦。見事に独力でカヌー指導法を発表するまでに至った。

vol.36_03.jpg カヌーの魅力を写真とともに新聞社に送るとすぐに取材に来てくれた。毎日グラフ、朝日グラフなどにも掲載され、名実ともにカヌーの第一人者になっていった。野尻湖にカヌー教室を開いたのが1975年27歳の時、1982年には宿泊施設としてロッジグランピアをオープンする。本格的に野尻湖畔に根を張り始めたのだ。


本業のカヌー指導もさることながら、本拠地を野尻湖に構えたことで、以来、朝から晩まで自然の山々を徘徊し、さまざまな発見と感動の日々を送る。春は山菜、秋は茸と採取生活を満喫しているが、山菜も茸もみるみるうちに姿を変えていくのが面白くて仕方がない。「いったい君はナニモノ?と思って観察しているとね、なーんだ君はナメコじゃないかと分かったときがうれしくて」と目を輝かせる。
自転車から自動車になった今、行動半径は広がり、妙高、斑尾、黒姫などの山々に山菜や茸の宝庫という秘密の場所を知っている。
vol.36_04.jpg しかし、アウトドアというのは自然が相手。そこには常に生死が裏腹に在るということを覚悟しなければいけない。それには何が危険で何が安全かを知っている必要がある。例えば、川の流れでも合流地点の波の立ち方で強い流れを見極める。山に入れば気象のことは熟知していなければ危険である。でも、それらを体験し、学習することで楽しい冒険ができるようになるのだそうだ。知識だけではなく体験から得た情報を教えて、アウトドアを共に楽しむのが吉原さんの仕事である。
魚篭を腰に着け、ナイフで蔦を切り山に分け入る。「採取生活というのは人間の本能なんですよ。だからそれが満たされるのは喜びであり満足」。喜びに満ちた人生を送ると、人間はこうも温和で優しい顔になれるのかと思う。ゆっくりと静かな口調、分かりやすい言葉は、実に心地よい。
冒険には記録も必要で、カメラの腕はプロ級。キャリアも長い。最初は自転車同様アルバイトでカメラを購入した。今ではデジカメ一眼レフを駆使して、山菜や茸の成長記録を撮っている。
吉原さんが経営するサンデープラニングは、春は山菜摘み、夏はカヌー、秋は茸取り、冬は歩くスキーのアウトドアスクール。これはすべて吉原さんが大好きなことばかり。実にうらやましい趣味と実益である。人間、好きなことに邁進すれば道は開けるという、教科書みたいな人生だ。しかし、ここで忘れてはいけないのは、それぞれの専門家になれる力量と努力。これがなければ、こんな人生は送れない。

吉原さんの冒険心は留まることがない。日本中を自転車で回った後は、当時まだ国民感情もよくなく、ビザの取得に苦労したという韓国を21歳で回ったが、嫌なことなどまったくなかったそうだ。カヌーを始めてからは、世界中の川をカヌーで下る。特に北アメリカの川はライフワークとして数多くの川下りをしている。1992年、日本人で初めてグランドキャニオンの激流をオープンデッキ・カナディアンカヌーで全行程下ったのも吉原さんである。

カヌーはね、すごく面白いんですよ。景色がどんどん変化して・・・」。

vol.36_07.jpg しかし、失敗談もある。西表島の仲間川をカヌーで入ったジャングルの奥地。楽しくて遊んでいたら干潮で川の水がなくなり、カヌーを担いで帰ったとか。島ならではの川。本土の川は潮の満ち引きなど考えたことがなかった。

また、NHKの『ワンダフル紀行』というイヌが主役?の番組では、イヌと俳優などの有名人をカヌーに乗せ川下りをしたが、突然イヌが川に飛び込み沈没したとか。「カヌーに乗ったイヌの気持ちまでは分からない」と笑う。
失敗もまた楽しい。そんな毎日のようだ。

野山に春の気配がすると、もうそわそわして家にいられない。何より自然が大好きなあそびすと。
吉原宜克、これでヨシ、すべてヨシの人生なのだ。











読み物 VIVA ASOBIST   記:  2008 / 01 / 01

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