VIVA ASOBIST

Vol.70 東山とし子
――渋谷伝説の名店「鳥重」の"母"、閉店前にかく語りき

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【プロフィール】
東山とし子
渋谷「のんべい横丁」にある“奇跡の焼鳥屋”「鳥重」店主
太平洋戦争から帰還した父が屋台で開業し、51年に“のんべい横丁”にて開業した「鳥重」。幼少期であった父の代から手伝いを始め、父、そして二代目となった兄の逝去後はひとりで「鳥重」を切り盛りし、各界の名士が集まる名店としてその名を馳せる。惜しまれながら12年末に閉店することから、もう予約できなかろうとも電話が毎日鳴り続けている。
そんな毎日を綴った著書『ぶつよ! 』も好評発売中。
 

 

 

渋谷の一角に、とてもとても人気の焼鳥屋がある。
その名は「鳥重」。
二坪のお店に詰めかける客には各界の名士がズラリと勢揃いする。
惜しまれながら年末に閉店するそのお店を切り盛りする名物女将が様々な語り尽くす。
街、お客、家族、そして……。
お店の61年、そして女将としての27年――さあ読んでくれ!



奇跡の焼鳥屋「鳥重」、開店前――

――今日は渋谷の通称“のんべい横丁”にある名物焼鳥屋、「鳥重」にやって参りました。
東山●ようこそいらっしゃいました。よろしくお願いいたします(ニッコリ)。

torisige02.jpg――渋谷の地でお父様が開業して61年、そしてご自身が女将さんとして26年間、お店に経ち続けたのが、本日ご登場の東山とし子さんです。
東山●はい、どうもありがとうございます。
――芸能人や有名スポーツ選手、そして各界の著名人の方が訪れた大人気のこのお店が、今年の12月29日をもちまして閉店いたします。これまでの模様が綴られた『ぶつよ!』も先日上梓されました。
東山●ご丁寧にご紹介いただいて嬉しいです(ニッコリ)。
――ちなみに今日も午後6時の開店前、仕込み中のお時間に割り込ませていただきました。本当にありがとうございます。
東山●いえいえ、狭いお店で仕事をしながら本当にごめんなさいね。
――ありがとうございます(恐縮)。ではさっそくですが……『ぶつよ!』を読ませていただきまして、大人気店の接客術から、大局ではこれからの日本の有り様まで感じさせられた一冊でした。
東山●嬉しいです、ありがとうございます。
――さて、この取材日は10月の28日。もう間もなく幕を下ろされる年末がやって来ます。
東山●早いですねえ、ホントに……。

torisige03.jpg――残り約2カ月。いまの率直なお気持ちはいかがでしょうか?
東山●そうですね……私が今までお店を続けさせていただいて、この店仕舞いに対して「悔いはありません」と言ったらやはりウソになります。でもね、お店をやって来たことに対しては「悔いはありません。悔いのない人生でした」と言うことができると思っていますよ。
――はい。
東山●それはやはりお客さんを迎えたときに「なんだ、小汚いし小さな店だな……」という態度のお客さん、やはりいらっしゃいました。でも、その方が焼き鳥を召し上がって、最後にお勘定を払った後に「ごちそうさまでした。またうかがわせていただきます」というご挨拶や態度を示してくださる。そうなるように精一杯やってきましたことは、まったく悔いがありません。
――それでは店仕舞いに対しての「悔い」というのは……?
東山●それはそこで「またうかがわせていただきます」と言ってくれたお客さんにもそうですが、いまだいたい90人のお客さんがキャンセル待ちになっているのですね。
――えっ、90人!
東山●はい。この90人のお客さんだけでなく、たとえばこの原稿を読んでいただいた方やみなさんも含めて「食べてみたいな……」と思っていただいた方、全員に応えられない。これがやはり悔いですね。
電話☆リンリーン!(黒電話です)
東山●あら、ごめんなさい。すみません……(電話に出て)鳥重です……はい、すみません、もうその日と言わずに予約はできない状況でして……ごめんなさいね……(電話を切って)はい、失礼いたしました。
――いえいえ。今の電話の方と同じ気持ちを私も抱いています(笑)。
東山●本にも書かせていただきましたが、今年で閉店するのはお父さん(ご主人)との約束ですから。「食べたい」とおっしゃるみなさんの期待に応えることはできないので「せめて長いお付き合いなのにお断りすなければならない方には電話のひとつもしたいわ」と、今日も仕込みをしながらお父さんに言ったら、「うん、それはそうだなあ……」って。「悔い」という言葉を使うのでしたら、その点くらいです。あとはホントに精一杯やってきましたから……。

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渋谷、そして“のんべい横丁”の「縁」

――『ぶつよ!』を読ませていただいて感じたのは、東山さんと“縁”の存在です。まずは「渋谷」という街に縁があったわけですが、東山さんにとって渋谷とはどんな街でしょうか?
東山●まずは「生まれた街」ですが、なによりも昔はもっと穏やかな街でした。それがいまは常に賑やかな若者の街になって、風紀も少し乱れています。たとえば……サッカーの大きな試合があるとかしますと広場などもメチャメチャになりますし、普段でも大きな壁にはスプレーなどでイタズラ書きがされている。なんとも嘆かわしいことで、どんな建物でも自分の家のようにちゃんと守っていかなければなりませんよ。……渋谷というのは昔は大人の街でしたが、それが自然に若者……いや、子供たちの街になってしまいました。どなたがそういう戦略を仕掛けたのかは忘れてしまいましたが、どうにかやり直せるのならば静かでいい街にしたいなあとは思っています。
――サッカーの日のスクランブル交差点などは、サッカーで盛り上がっているというのとはまた別で「こんな傍若無人なことになっている」という感じですものね。
東山●そうですねえ、本当にそうです。手前どもの親がまだ健在でお店に立っていたころは、大晦日の夜中までお正月用の鶏を焼いたりしていましたら、ずいぶん先のお店の電話の声が聞こえてくるようだったのですよ。それぐらい静かでしたが、いまは毎日24時間ずっと……ですからね。まあ、それはいいことでもある……のでしょうけれどもね……。
――ご家族でお店を始めて61年、それだけの長期で見つめておられる説得力がありますね。
東山●大晦日など本当に静かでしたから。明治神宮に初詣に行かれる方の足音やざわめきが聞こえたくらいですよ(ニッコリ)。
――いまはざわめきを通り越してはいますね……。

torisige05.jpg東山●そして街の縁ということになれば、この“のんべい横丁”の縁もやはりありますね。
――はい。
東山●やはりこの横丁というのは私にとっては“戦場(いくさば)”でもありました。今の世の中、やはり不景気ということもありますから、横丁のすべてのお店が潤っているわけでもないのが現状ですよね。その中での……というお話しは内容をお察しいただければと思いますが……。
――はい(笑)。
東山●たとえばこの横丁でカナちゃんという子がいるのですが、彼女は「お母さん、本買ったよ!」って教えてくれたのですよ。では他……いや、まあそれらいろいろな毎日があったからこそ、私はやって来られたのだと思います。女の意地ですよ。
――はい。
東山●その意味では感謝もしている、これは本心ですよ(ニッコリ)。女の意地……そうそう、お客さんの関口宏さんにね、「お母さん、ここまで大変な思いをしてご商売されているんでしょ?」って聞かれたんで、「あなたの奥さまと一緒です」とお答えしました。
――奥さんと言うと女優の……
東山●関口さん、「え、なんでですか?」って返されたんで、「西田佐知子さんの『女の意地』です」って。西田佐知子さんは『女の意地』って曲を歌っていらしたんです。関口さんは「あはははは」って大笑いされてましたね。
――そんなお話しをうかがっている今日、外には『アカシアの雨(が止むとき※こちらも歌・西田佐知子)』が降っています。全然アカシアの時期ではないですが(笑)。
東山●まあいやだ、ずいぶん古いことごぞんじなんですね(ニッコリ)。

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華麗なる客層、そしてあの大リーガーとの“約束”

――関口宏さんというお名前も出ましたが、街の縁に続いては、やはりご商売の源である「お客さん」の縁です。
東山●それこそ今週の前半でしたか……
電話☆リンリーン!
東山●あら。(電話に出て)鳥重です……はい、すみません、もう予約は……ではお土産で……はい……。(電話を切って)ごめんなさいね。もうしばらく掛かってきませんように……(編集部注・掛かってきませんでした)。
――今週前半のお客さんが気になりますね(笑)。
東山●はい(笑)。ホリプロの会長さんでした堀威夫さんですが、その方とお友達のTBSの会長さんの井上弘さんが一緒にお出でになりました。このおふたりが来られると、井上さんがいつも入ってきたと同時に「お母さん、今日は相当飲む“(溜まらない)ザル”を連れてきました。今日は『これでお酒はストップ!』は言わないでください」って言うんですね。それを井上さんに言ったら「はい、そうですね。でも、最後の一杯は必ずお母さん、入れてくれましたね」ってお話しになりました。
――なんか嬉しいやり取りですね。
東山●それでその日の最後に、「お母さん、なんとか最後にもう1回(予約を)取りたいです」っておっしゃっていたのですが……「それはえこひいきなので、できません」……って。そうしたら井上さん「それではお母さん、本当にお元気で」と言っていただいて……。
――これからそんなやり取りが増えることを思うと……寂しくなってきますねえ……(しみじみ)。
東山●ホント、そうですわねえ……(しみじみ)。
――感謝の気持ちを特にお伝えしたい方になるでしょう、多くのお客さんの名前が巻末に直筆で綴られていますね。
東山●そうですね。でもねえ「僕の名前が載ってない!」って怒られたりもして(笑)。そんな方には「ゴメンゴメンっ!!」って謝っていますよ。悪気はないですから、もちろん。
――芸能人でよく知っている方や皇室の方……あ、“お濠”の向こうだけでなく、今は“塀”の向こうの方の名前もありました。
東山●ああ、堀さんならぬホリエモンさんもよくお出でいただきましたね(笑)。収監される前の日にいらっしゃって、「お母さん、間に合いました」って。
――なんとも重みのあるご発言ですね(笑)。
東山●ははは、本当にそうですわね(笑)。でも、名前を出させていただいた方や、そうでない方にも、毎日のようにお引き留めの言葉をいただきます。そうかと思えば「お母さんはね、店仕舞いと言っていてもきっともう一年やるよ!」って言う方もいます。でも、私の心はもう“夕暮れ”でしてね。悔いはなく、日が沈む前の黄昏時を迎えていますよ。

torisige07.jpg――“日が沈む前”に「いらしたっ!」ってお話しを東山さんから聞きたい方が、こちらにいます(ビールのポスターを指す)。
東山●はい、イチローさんですね。
――これは『ぶつよ!』にもありますが、イチロー選手は東山さんと“約束”があるのですよね?
東山●このように狭い店ですし、お客さんも大勢来ていただいていますから、私はお店が始まってから終わるまでトイレに行けないのですね。イチローさんから「お母さん、お手洗いはどうされているんですか?」と聞かれて、しかじかですとお話ししたら、「お母さん、今度僕が一筆書いてあげますよ!」って(ニッコリ)。
――そのための色紙も用意されているんですよね。
東山●そうなんですのよ。東急さんで高級な色紙を買って用意してあります(笑)。もちろん、そのご縁がこれからあるかはわかりませんけれどね……(しみじみ)。

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主人、そして子供たちへ――

――あえてこちらも“縁”にさせていただきますが、「ご家族」の縁もあります。渋谷でご商売を始めたお父様やお母様、そしてお兄様に、先ほどから出てきていただいているご主人のさまざまなお話しが『ぶつよ!』には出てきます。
東山●はい、感謝も込めて書かせていただきました。
――そんなご家族にも支えられ閉店される……これは個人的な思いですが、「惜しまれて終わる」というのはとてもいいことだと思います。
東山●そう言っていただけると、本当に心が安らぎますね。
――最後の最後に声を掛けることになるのは12月29日の夜かと思いますが、そんな縁あったご家族に声を掛けるとしたら、どんな言葉になりますか?
東山●そうですねえ……ウチの娘は「お母さん、好きで商売やっているんでしょ?」なんて言ってくる子でしたが、小学生のいちばん親が見ていてあげなければいけないときに、こうやってお店に立たなければならなかった。それはどれだけ寂しかっただろうなあ、ごめんね……という気持ちは子供たちに対してあります。二足のわらじを履いて商売をするわけにもいかなかったので、ずいぶん家事などに手抜きもあったでしょうけれども……。でも、弟夫婦が言ってくれるんです。「お姉ちゃんはこれだけ忙しい商売をしていても、ここまでちゃんと子供を育ててきたよ」って。私にも4人の孫ができまして、みんな仲良くやってくれていますし……。
――はい。
東山●「よかったよねえ、お父さん」って主人に言いますと、「じゃあオレはどうなんだ(笑)」って言われますけれどね(笑)。59歳で会社を辞めてくれて、私の後押しをしてくれて……。それこそ夜も遅い、朝も早いという生活で、事故でも起きたら主人の両親や親戚などにも顔向けもできません。59歳で「お父さん、会社を辞めて手伝って」って無理に辞めさせたわけですから……辞めた当時にケンカなんかしますでしょ、そうすると「オレは辞めたくないのに、お前の仕事のために会社を辞めたんだ」って言われて、そうすると身を斬るような思いでした。
――……。
東山●今となってはこの不況の中ですから「いいときに辞めたなあ、退職金も全部いただけたし……」なんて言うこともありますけどね。その退職金は娘夫婦が家を建てたときに全額提供しましたよ。これは本当なんで、お父さんのために書いてください(笑)。
――はい、書かせていただきました(笑)。
東山●「子供たちは寂しい思いをしてきたのだから、親ができることはしてあげよう」って(ニッコリ)。

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間もなく開店――人が、家族が、国が、まとまれないなら......「ぶつよ!」

――間もなく開店のお時間ですね。最後におうかがいいたしますのは、鳥重が61年、そして東山さんが女将さんとして26年間が流れました。そこから見つめてきた渋谷、そして日本はずいぶんと“騒がしく”なってしまった気がします。
東山●はいはい、本当にそうですわね。
――東山さんは今、そして未来をどのように見つめておられますか? この場所で皆に愛された東山さんにそれをうかがってみたくなりました。
東山●はああ……それは大きな課題ですねえ(笑)。……でも、ひとりひとりの“心の問題”があるかと思います。家族も国も一緒だと思うのですが、ひとつにまとまらなければ、様々な問題も解決しないですよね。
――はい。
東山●ひとりは遊びほうけて夜中に帰ってくる、お父さんもしっかりしない、お母さんも今はやりの“女子会”などでフラフラし通し……ウチのお客さんでも、遅い時間に女性だけで来て「お母さん、どんな会だと思う?」と言うから聞いてみたら「幼稚園のお母さんの会」だと。そう言うことを聞くと、幼稚園のお子さんがいるのにフラフラして……って、どんなにうるさいババアだと思われても私は言いますよ。
――たしかにあまり家族の問題は解決しそうにない一家になりますね。
東山●家族もそうですし、これは国の問題でも一緒でしょう。領土の問題などもそうでしょうし、政治や政治家の人の問題なのか“カネカネ”ばかりな世の中になっている。それではまとまりなどできませんし、大きな問題など解決しませんよね。
――はい。
東山●ですから、家族でもなんでも心穏やかに、ひとつにまとまると言うことが大事なんだと思います。
――それができない人、家族、そして国にはなんて言ってあげましょうか?
東山●はい。『ぶつよ!』ですね(笑)。
――お母さんである東山さんが発する「ぶつよ!」という愛情。それに包まれた名店が間もなく幕を閉じようとしています。言っても詮ないことですが、お客としてたどり着けなかったことが悔やまれます。それは多くのみなさん一緒でしょうね。
東山●はい……(残念そう)。
――それだからこそ、どうかお身体を大切に、店仕舞いの日を迎えてください。
東山●私と、お店の器具たちが健康で(笑)、その日を迎えられますように。本当にどうもありがとうございました(ニッコリ)。

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読み物 VIVA ASOBIST   記:  2012 / 11 / 16

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