VIVA ASOBIST

Vol.87 芝原仁一郎
――日本人唯一のプロ・ブルライダー、8秒間に懸ける熱き思い

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【プロフィール】
芝原仁一郎
1971年北海道出身。日本人ブルライダー

1995年よりアメリカ、カナダで有名なロデオ・スクールに通う。2003年、日本人として初めてPBR (Professional Bull Riders Inc.)のパミットを取得、プロの試合に参戦。2006年、PRCA(Professional Rodeo Cowboys Association)のパミットを取得。2008年、PRCAのロデオにて獲得賞金額が規定の1000ドルを超え、正式なプロであることの証である「カード」を取得することを認められる。

芝原仁一郎オフィシャルサイト
http://www.jinichiro.com/

日本人唯一のプロ・ブルライダー(PRCA)、芝原仁一郎。
猛牛の背にまたがり、その8秒間に全身全霊をささげる。
無数の傷を負っても挑み続ける彼に、ブルライディングへの思いを聞いた。



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2007年アメリカ・カリフォルニア州オークデイルでのPRCAロデオ/PHOTO:Richard Ruth
――テレビなどでロデオを観る機会はあるとしても、日本人にはあまりなじみのないスポーツ、ブルライディングとは?

芝原●ブルライディングは、ロデオ8種目のひとつ。唯一、牛に乗る競技。ロデオの中で、牛に乗るカウボーイをブルライダーと呼んでいます。
西部開拓時代に、テキサスからオレゴン、ワシントンに向けてキャトル・ドライブ(牛追い)をするカウボーイ。旅の途中に酒場で飲み交わし、遊び疲れた後に腕自慢が始まる。その中で調教されていない馬にどうやって鞍をつけるか? その馬を乗りこなすことができるか? それを競い合ったことがロデオの始まりとされています。
カウボーイたちは、ふだん仕事の中で牛に乗ることはないので、ブルライディングは、ロデオのために生まれた競技です。

――競技の内容について教えてください。

芝原●猛牛(ブル=去勢していない雄牛)の背中にまたがり、片手はロープで牛の背中に、もう一方の手を挙げ、振り落とされないように8秒間乗り切る。1秒で落ちても7.9秒で落ちても同じ失格。その後にジャッジがあり、50点が牛、50点がカウボーイ。牛がどれだけ激しく暴れたか、カウボーイは姿勢を崩さなかったかで得点が決まる。敢えて姿勢を崩し、姿勢を立て直すことで加点されることも。
得点の半分は乗る牛によって決まるので、良い(動きの激しい)牛に当たれば点数は上がるが、落ちるリスクも高くなる。合計点数で順位が決まります。僕ら選手のエントリー費と地元企業からのスポンサー料の一部が賞金に充てら、観客からの入場料とその他のスポンサー料が運営費に充てられています。エントリー費が運営費に廻ることはなく、必ず賞金総額の一部になります。その中から、大きい大会では6〜8位、小さい大会だと4位ぐらいまで賞金が出る。大会は年間でPRCAでは600試合ぐらい。ブルライダーはその中から参加可能な試合を選び、出場上限は75試合。シーズン中は1週間で2試合のペースに。世界ランクの上位に届く友人で、18日間連続出場し1日休んでさらに10日連続という選手も。僕は、まだ最高で年間20試合ちょっとです。

――なぜ、8秒なんですか?

芝原●昔は10秒だったらしいんですけど、そもそも牛のパフォーマンスのピークは8秒。そういったことから今の8秒間というルールに。連続してどのくらいまで乗っていられるかとういと、分単位では乗ることは不可能でしょうね。実際に牛と戦っている時間はというと、シュート内で手にロープを巻くところから始まっているので、1〜2分間は集中しています。

――ブルライディングに必要な道具は?

芝原●ブルライダーとしていちばんこだわるのはブルロープ。指の長さや手のひらの大きさにあわせてハンドルやロープの太さを決めるのでオーダーメイド。そして、チャプス。チャプスはウェストやレングスなど体型にあわせた、こちらもオーダーメイド。後は、ブーツ、スパーとロウェル(拍車と花車)、グローブ、べスト、ヘルメット(写真参照)。ジーンズはラングラーと決めています。

shibahara_003.jpg ――ブルライディング用の去勢していない雄牛とは?

芝原●ブルライディングだけのために育てられた牛です。競馬の血統と同じで、ロデオで名を馳せた雄牛と、そういった牛から生まれた雌牛と交配させる。雄牛の性格と雌牛の父親の性格をミックスさせ、ハイブリッドな牛が誕生する。蹴り足が高い、大きいジャンプをする、ゲートが開いた瞬間の飛び出しが速い、方向転換など予測できない様々な動きをします。彼らは暴れるために生まれてきているので、それぞれの動きの特徴は、生まれ持ってのものです。後ろ足の手前に“フランク・ストラップ”を巻かれて締め付けられるので、これを嫌って暴れるように仕向けています。また2歳くらいからダミーを巻かれ、どういう動きをするかをストック・コントラクターたちが見ているので、自分の背中に何か乗るということは、このころから意識し始めます。それを振り落とそうと、彼らも必死なんです。


★牛に乗って振り落とされて踏みつけられる意味がわからなかった


――ブルライディングを始められたきっかけは?

芝原●90年代初頭にある雑誌がロデオの特集を組んでいたんです。暴れ馬の写真とローピングのロデオの写真。そのころクリント・イーストウッドの映画『許されざる者』が上映していたことも影響して、カウボーイになりたいと。大学4年の卒業前に友人とカナダ横断旅行に。バンクーバーからモントリオールまで、飛行機を使わないバスの旅。カルガリーは世界最大のロデオが開催される街で、オフシーズンで観ることはできなかったけど雰囲気は味わいたいなと。街の中では、カウボーイハットを普通に被っている人や、ピックアップトラックも走っていて、まさにイメージどおりでした。ブーツ専門店やウエスタンファッションのお店もあり、一気にカウボーイマニアになりましたね。カルガリーの石油以外の主な産業が牧畜。人口よりも牛の数が圧倒的に多いからカウボーイも多い。その時はファッションだけに盛上がり、カッコイイなって。

――その時は、ロデオは観ることができなかった?

芝原●はい、観ることはできなかったけど、どうしても観たいと次の旅行ではダラスへ。英語が話せなかったので、空港でレンタカーを借りられる大都市に近い街で、ウエスタンショップがあり、ロデオとアイスホッケーが観戦できる都市ということで探したらダラスだった。初めてブルライディングを間近で観て、その迫力に圧倒されました。「なんで、この人たちは牛に乗るんだろう?」って。振り落とされて踏みつけられている、その意味がわからなかった。これは、自分でやってみないとこの人たちの気持ちはわからないなと……。その瞬間「絶対にやってやる!」と思いました。

――それから、ご自身で始められることに?

shibahara_004.jpg 芝原●カナダにワーキングホリデーがあることは知っていましたので、思いきって仕事を辞め、95年6月に再びカナダへ。もともと、カウボーイになりたいという憧れがあったので、ワーキングホリデーは、ホームステイではなくファームステイをしたいと申請し、アルバータ州の牧場を紹介してもらいました。
牧場では、みんなカウボーイの格好で働いていることを期待していましたが、まったくイメージとは違った。アルバータ州は、ロッキー山脈が西側にあって雪解け水が流れて来る。春先はまだ地面がぬかるんでいる状態。それが6〜7月まで続く。だから、あのカッコイイブーツではなく、ゴムの分厚い長靴を履いて、カウボーイハットではなくベースボールキャップ。馬にも乗らず、ふだんは4輪駆動のバギー。そんな感じで作業をしていたので、僕がイメージするカウボーイはそこにはいなかった。唯一馬に乗る時が牧草地で牛を移動させる時。「毎日、馬に乗るんじゃないんだ。鞍の上げ下げはしないの?」って感じでしたね。
牧場の敷地は八王子市と同じくらいで、そこに住んでいる人は2人。その広大な牧草地で何百頭という牛を移動させる。びっくりしましたけど、それがカウボーイの現実。2〜3月の出産のシーズンがいちばん大変。平均気温マイナス30度の中、毎晩、12時、2時、4時、6時に母牛のチェックをして子牛が生まれそうかを報告することが僕の役目だった。生まれた子牛は大切な肉牛で唯一の収入源ですから。
もうひとつの理由は、カウボーイとして働いていれば、ロデオに近づけるのではないかと考えていたから。牧場の人にブルライダーになりたいんだと言いましたよ。

★8秒なんてとんでもない世界


――いよいよ、ブルライディングに挑戦ですね。

芝原●春と秋にロデオスクールがあるという情報を得て、時期を待って申し込みました。スクールは3日間でインストラクターはプロのチャンピオンクラス。牧場の仕事で何度か馬に乗ったことはありましたが、ほとんど馬にも乗った経験がなかったので、「ほんとうに牛に乗りにきたのか?」って驚かれましたね。足の間にものを挟むというところから始まり、ドラム缶に乗せられて、どういった姿勢をとるのかアドバイスを受けるんですけど、ほとんど言葉が通じない。身振り手振りでなんとかしのぎました。道具も何も持っていなかったので全部借りて、午後にはもう牛に乗ることになったんです。


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2013年オーストラリア・クイーンズランド州ロックハンプトンでの練習会/PHOTO:Char Johnson
――いきなりですか?

芝原●「じゃあ、乗ろうか」って感じで、ゲートが開いて牛が1歩2歩動いただけで、すぐに落ちました。練習などは特になく、暴れる牛に乗るだけ。今、思えばビギナー用の牛だったんですけど、まったく歯が立たない。

――恐怖心はありませんでしたか?

芝原●全然憶えてないですね。その時は、真っ白でした。ロープを手に巻き「お前がうなずいたら出るからな!」って言われ、わかったとうなずいたらそれが合図だと間違えられ、心の準備のないままゲートが開いてしまった。落とされて叩き付けられると痛い。そのことは憶えています。3日目ともなるとシャツもジーンズもボロボロ。落ち方もへたくそで、牛の真下に落ちてしまう。そこでボコボコに踏まれて、1日に3回が限度でした。8秒なんてとんでもない世界でした。

――その3日間で修得されたことは?

芝原●まったくなかった。そんなに甘い世界ではなく「体験しました」だけで終わってしまった。当時はトレーニングの仕方もわからず、何もしないままに半年後のスクールにも参加。当たり前ですが、まったく進歩もなく体中が痛いだけ。でも、すごく楽しかった。それからブルライディングにハマリましたね。

shibahara_006.jpg ――牛に乗る以外に練習方法はありますか?

芝原●最初は何もわからなかったので練習もできませんでしたが、牛の動きをまねたドロップ・バレルというものがあります。丸いドラム缶の下に3mほどのスチールパイプと手前にグリップハンドルをつけ、スプリングを咬ませた支柱を立て、上下運動をするように。今は、牛に乗る前には必ず乗って、上下運動に対して正確な姿勢がとれているかを確認します。

★ワールドチャンピオンのゲーリー・レフュー氏との出会いが僕を変えた


――スクールには?

芝原●何度も行きました。劇的に進歩したと思えたのが、2003年に行ったカリフォルニアでのロデオスクール。コーチは1970年のワールドチャンピオンのゲーリー・レフュー氏。
スクールは、14日間のブートキャンプでゲーリー氏のところに泊まり込んで、朝から晩までロデオ漬け。そのスクールは牛に乗るだけではなく、メンタルトレーニングやフィジカルトレーニングも。メンタルトレーニングは瞑想をしていましたね。
彼のスクールからワールドチャンピオンになった選手やそのクラスの選手がたくさんいます。ロデオ協会から後進の指導が素晴らしいということで殿堂入りした人です。
毎回、アメリカに帰ると彼のところでチューンナップをします。彼が悪いところを見つけてくれるんですね。

――悪いところを見つけてとは、どういったところですか?

芝原●バレルをやるときのタイミングのズレですね。前に出ないといけないタイミングがあり、それはブルがジャンプしているとき(前足が浮いているとき)です。蹴り足(後ろ足)が上がっているときは、ロープを引き付け、胸を張って、あごを引き、スクエアの姿勢を取ります。どのタイミングで前にでるのかというと、蹴り足が降りてきて、前足が浮き始める一瞬体勢がフラットになるときです。ブルロープの前に出るタイミングがズレると吹っ飛ばされる。ゆっくりとタイミングを合わせ、リズムをつかめればどんどん早く。最初はなにもわからなかったけど、今はこのタイミングがわかるようになりましたね。でも、実際の牛に乗って数をこなさないと本当のリズムはつかめない。

――プロのブルライダーになられたのは?

芝原●2003年にゲーリー・レフュー氏に教わってから、PBRのパミットを取得したんですけど、まだ賞金を獲得できていない。2006年にはPRCAのパミットを取得。パミットを取得できても規定額の賞金を稼がなければ、プロとして認定されない。PRCAの規定額は1000ドル。2008年に2400ドル超を稼ぐことができ、正式にプロとして認定されました。2009年からプロとして活動しています。

shibahara_007.jpg ――ブルライディングの魅力は?

芝原●毎回、違う牛で、しかも自分の10倍ほどの体重の猛牛と戦うということでしょうか。2回と同じ動きをすることがない、猛牛に乗り切った時の達成感は最高です。また、ブルライディングを通しての国籍の違ったたくさんの仲間との出会いも魅力ですね。

★完全に気絶して前後の記憶がまったくないことも


――生死を賭けた、危険なスポーツでは?

芝原●確かに危険な面もあり、亡くなられたり、半身不随や車いすになられた人もいます。アメリカのユタ州・ソルトレイクシティを拠点に活動をしていますが、現地では子供のころから泣きながら乗っています。それでも続けてブルライディングをやるんだと。決めたのは、その個人個人なんですよね。なので、危険はすでに承知しています。ケガをしないはずないんですよ。それでもなお、みんなやりたいと言って続けている。日本のように「危ないからやめなさい!」ということが、あまりないんです。「危険」なことを上回る「楽しさ」とか何かがブルライディングにはあるんだと思います。

――怪我などは?

芝原●多いですね。右目の周りは5カ所骨折して3カ所にプレートが入っいます。骨盤の左側の付け根も骨折して、ボルト3本で固定。右左両方の腓骨と背中の筋肉と骨を繋いでいる突起4カ所も折ったことがあります。後、脳震盪は数えきれない。完全に気絶して前後の記憶がまったくなくなったり。
帰国後の脳検査では、医者から「お酒飲みますか? タバコは?」と質問され、まったく飲まないし、吸わないとの回答に、当時まだ37歳くらいだったんですけど「芝原さんの脳は60歳くらいの人の脳の大きさですよ」と言われてしまった。ボクシングやアメリカンフットボールなどのスポーツをする人は、脳震盪を繰り返すと脳が萎縮して、そのようになるらしい。普通は頭蓋骨に脳がしっかり詰まっているところが、僕のMRIを撮って見るとやはり隙間がある。記憶喪失にまではなりませんが、少なからず脳に影響が出ることはあるようです。脳は2年に一度は検査していますが、まだドクターストップはかかっていないので、続けています。今はヘルメットは必ず被るようにしています。

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2008年アメリカ・ワイオミング州エヴァンストンでのPRCAロデオ/PHOTO:James Fain
――選手生命はどれくらいですか?

芝原●ピークの年齢は25歳〜30歳くらいですね。ほとんどが18歳でプロになります。そうすると28歳で10年やっていることになるので、30歳過ぎての選手は数えるほど。彼らがピークを迎えるような年齢で僕は始めているので、ゲーリー氏にも言われたんですけど「だからお前はその年齢でもまだできるんだよ」って。
世界ランクの選手は25歳くらいまでに、僕がするような怪我をすでに経験しているので、選手寿命が短くなる。僕は30歳過ぎてから怪我をするようになったので、まだ続けられています。

――日本人は現在、芝原さんだけですが、他の国では?

芝原●現在、アメリカ、カナダ、ブラジル、メキシコ、オーストラリアの5カ国。いわゆる畜産国。ある時「なんで、お前は日本人なのに来ているのか?」って。「そうか、お前は相撲をやるには痩せているからだろ〜」って言われましたよ(笑)。そのくらい日本人が参加していることが不思議だった。でも、彼らは日本人が来たことを喜んでくれた。珍しいこともあってみんなが僕のことを憶えてくれる。“じんいちろう”は発音が難しいらしく、みんなにはJINって呼んでもらっています。

★10年後、20年後のことを考えたらなにもできない。今はロデオがやりたい。


――アメリカでの生活は?

芝原●ユタ州・ソルトレイクシティの友人の両親宅にずっと居候させていただいています。
初めてソルトレイクシティに行ったのは、2002年のオリンピックの時だった。当時、ユタ州のアマチュアロデオ協会が、せっかく大勢の人が集まるんだから、その期間に合わせてアマチュアロデオ大会を開催しようということになった。アメリカの文化としてロデオがあるということを伝えるために。
アマチュアの大会なら僕も出場できると考えソルトレイクシティへ。それ以来、ずっとアメリカに行く時はソルトレイクシティ。まったく喋れなかった英語も今では日常会話ができるようになりました。

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芝原●日本では以前、沖縄でアメリカの海兵隊が『沖縄ブルライディング協会』を立ち上げていました。畜産農家から牛を数頭借りて乗っていたらしい。海兵隊は移動があってメンバーが定着しなかったこともあり、今はやっていないようです。
関西では、奈良と大阪の県境の五条市にアリーナをひとつ建て、畜産農家から牛を一頭借り、練習会をやったりしているようです。畜産農家のお牛は虚勢している牛なので本場の牛よりはおとなしい。

――将来は?

芝原●よく聞かれますが、まったく考えてないんです。今年はロデオに専念します。10年後、20年後のことを考えたら、今、なにもできないなって。今はロデオがやりたい。辞めるのが何時になるかもまだ決めていないので。

――今年のスケジュールは?

芝原●3月4日に渡米します。3月中は個人での練習と毎週月曜日の練習会に。3月13日〜15日はゲーリー氏がソルトレイクシティまで来てスクールを開催。4月には試合数が増えるので、できるだけ多くの試合に参加したい。今年はアメリカからカナダ、そしてまたアメリカにといった予定です。
去年の11月からオーストラリアに5週間滞在し練習をしてきました。いいコンディションでここまで来ているので、今年は楽しみです。いい報告ができるようがんばります。

――楽しみにしています!

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構成:尾崎康元(asobist編集部)











読み物 VIVA ASOBIST   記:  2014 / 04 / 03

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