VIVA ASOBIST

Vol.96小林幸一郎
――できないことを数えるより、何をしたいかを自問した先に、再び見出したクライミング!!!

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【プロフィール】
小林幸一郎
・フリークライマー
・NPO法人モンキーマジックの代表理事
2005年8月NPO法人認証モンキーマジック設立。スクールやイベントを通じ、視覚障害者を主な対象としたフリークライミングの普及活動を行う。様々な交流を生み出し障害者理解やその自立支援の実現を目指し、同時によりよい社会、開かれた社会の実現を提唱している。
・著書に『見えない力』2011/12/17刊、『見えない壁だって越えられる。』2015/10/31刊

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1968年東京生まれ。
「スポーツは苦手。好きじゃない!」
ずっと目立たない引っ込み思案だった。16歳・高校2年生の時、ふと出会ったクライミングが人生観を変えた。
28歳の時に眼病が発覚、将来失明するという診断に失意の日々を支えたのもクライミングだった。見えなくなることで「できなくなることを数える」より「クライミングを続ける」方へハンドルを切った。
第一回障害者クライミング世界選手権、視覚障害男子の部優勝。視覚障害者へのフリークライミング普及活動を行う「NPO法人モンキーマジック」も立ち上げた。
「ポジティブシンキング」などという言葉もけ散らすような、意志的な、しかもやわらかなクライミング人生!
触れてみるべし!!!



 

「見えない力」と言い切る力、見えない壁を乗り越える勇気。それらは一体どこから湧いてくるのか?!
その謎解きを始めよう!!


モンキーマジックが目指すユニバーサルな世界!

小玉:モンキーマジックとは、そもそもなんでしょう?
●小林:NPO法人モンキーマジックは、もともとは視覚障害の方にフリークライミングを普及するということで活動を始めました。今は、障害者クライミングの普及を通して、ユニバーサルな社会を作ろうというのが、僕らの活動です。障害があってもなくても分け隔てなく、もっとみんなが笑顔で元気になる。クライミングに来れば、目が見えなくても耳が聞こえなくても、おばあちゃんでも子供でも、みんなが同じ壁で応援しあって笑いあって過ごせる。クライミングはそういう『場』なんです。だから、社会が、クライミングみたいな場所になっていったら良いと思うんです。そういう、みんなが交流できる場所としてクライミングを広げていきたいというのが願いです。

小玉:設立の動機はなんですか?
●小林:10年くらい前、視覚障害者の僕らがクライミングの普及をさせようと活動を始めました。当時、視覚障害者にクライミングの普及だけをやってる団体はなかった。自分自身が障害を持つようになっても続けてクライミングをやって来たわけですから、自分が目が見えなくなってもできているのだから、他の人もできるのではないかと思ったんです。そのことを伝えるのは、僕の使命なのではないかと。

小玉:一番最初にモンキーマジック立ち上げたのは10年前?
●小林:2005年の8月25日に東京都で認証をいただきました。
小玉:それは、何歳の時ですか?
●小林:37歳です。

小玉:海外にも同様な組織がありますか?
●小林:いろんな形で活動しているところはあります。ただ、視覚障害に特化して、これだけ長く活動しているところは、僕が知っている限りではないです。
今では、イギリスのリバプールなんかには、障害者を対象にしたクライミングなども出て来てはいます。

小玉:10年経ってみて参加人数など、どういう変化がありましたか?
●小林:やっぱり、ここ3〜4年くらい特に大きく変化して来ていてずいぶん盛上がって来ています。
というのは、もともとは視覚障害に普及するだけだったのが、クライミングの教室は規模が小さいということもあって、数自体は多くなかったのですが、例えば地域を増やしたり、東京以外の名古屋、仙台、大阪などで開催してみても、それほど増えなかった。
ところが、Rock & Wallさんでもお世話になっている交流イベントという形で開催すると参加数は増加してきています。さっきお話したユニバーサルな社会に近づいていこうというコンセプトのもとに、見えている人も見えていない人も視覚障害だけでなく聴覚障害やその他様々な障害のある人でも参加できる場所としてイベントを開催したんです。参加できる対象の幅を広げて手軽に身軽に仲間を見つけられる場所創り、そんなテーマで始めたところ、実際に参加する視覚障害の方も増えましたし、障害の幅も広がりました。結果、参加者数は劇的に増えて来ました。
注)Rock&Wall青山店で「Friday Magic」と題して隔月開催。2016年から毎月開催。

小玉:この間のイベントでわかったのですが、障害のある人たちだけで集まってというのではなくて、一般の方たちも参加してユニバーサルな形でということが拡散していく原動力になっているのでしょうね。
●小林:はい。やっぱり、視覚障害を「福祉」という視点だけでとらえると、多くの人は自分には関係のないものと思ってしまいますが、そうではなくて誰もが楽しめる新しいクライミングイベントとして位置づけると、ふだん考えることのない私見とか、気づきとかを作り出せるかもしれないですね。それこそが必要なことだと思います。

2020年のパラリンピックで障害者クライミングがエグジビション種目に?!

小玉:今回、2020年の東京オリンピックで、最終の新しい種目にクライミングが入って、今、正式には来年10月のIOCの決定を待ちますが、とりあえず絞り込んだ形で、クライミングが入ったということについてどう思いますか?
●小林:僕自身は、とてもいいことだと思います。なぜなら、クライミングというスポーツは幅が広い奥行きのあるものであって、例えば本ちゃんの壁をやる人もいれば、冬壁をやりにいく人もいれば、フリークライミングでビッグウォールをやる人がいたり、ボルダリングの世界で限界を追及する人もいて、かと思えば、人工の壁で日常の健康のためにたまにクライミングをする人もいる。
オリンピックでクライミングが注目されれば、スポーツクライミング、競技スポーツとしてのクライミングを多くの人が知ることになる。そうすれば、例えば小学校中学校の子たちが学校の体育の一環として、クライミングに触れるというような機会も出てくる。クライミングへの社会認識が広がって、クライマーのすそ野も広がっていく。
もちろんオリンピックの競技になることは、賛否もあるでしょう。けれど、僕自身はクライミングというスポーツの奥行きや幅がもっともっと広がることに期待します。

小玉:パラリンピックとオリンピックはまったく別の組織だということですが、2020年の東京オリンピックの時に、パラリンピックでもクライミングが競技種目に入るという可能性はあるんですか?
●小林:僕の知る限りではないと思います。ただ、パラリンピックの競技外でもエグジビションとか、そういうスペースが設けられるのであれば、その中に、たとえ仮設であるとしてもクライミングウォールが作られて、それを利用してデモンストレーション展開する可能性はゼロではないと考えます。ちょっとした期待をしています。

小玉:できれば良いですね。
●小林:問題は、スポーツクライミングを仕切っているIFSC(International Federation of Sport Climbing:国際スポーツクライミング連盟。クライミングの競技分野を統括し、その発展に努める国際組織。2007年1月27日に設立された。 スポーツアコードのメンバーであり、国際オリンピック委員会 ・IOCによって承認されている)が、パラクライミングをどういう位置づけをしているかというところも大きく関わってくると思います。実際に来年に行われるパリのクライミング世界選手権においても、IFSCがウエイトを一方に傾ければ、パラクライミングが切り捨てられることもある。もし、そうなるのであれば、パラリンピックでのエキジビションもないでしょうね。

小玉:エグジビションとして展開するのも素敵なことだと思いますね。ソチの冬期オリンピックの時にアイスクライミングのエグジビションのためだけに会場を設備して、各国のアイスクライマーが素晴らしいデモンストレーションを展開していました。
●小林:予算の問題もあるのでしょうね?

kobayasiK004.jpg 小玉:「こんな世界もある」という話題性も高いし。せっかく2020年東京5輪で設けた設備があるのだから。流用すれば、予算の問題は解消できると思いますね。
●小林:IOCとIPCの連携連動がどこまでできるのか。
小玉:大いに期待しましょう。

クライミングで「引っ込み思案」が変わった!

小玉:小林さん自身のことについて伺います。クライミングを始められたきっかけは?
●小林:16歳の高校2年生。僕は小学校から高校まで体育とかスポーツが一番の苦手で、部活もしませんでした。勝ったり負けたり、速ければ良いというような、スポーツ、イコール勝敗がつくというのが苦手でした。自分はヘタクソだし、でも一方で自分が何か夢中になれるものがあったら良いなって思っていたので、高校2年の時にたまたま本屋で、山渓(雑誌『山と渓谷』)を立ち読みしていたら、「アメリカから入って来た新しいスポーツ・フリークライミングをやってみよう」みたいな特集で、これなら勝ち負けじゃないし、僕にもできるかもといった感じで、そこに入っていきました。当時はそれこそ山渓に出ているスクール紹介を参考にしました。

小玉:その時は、ロープができるジムなどはあんまりなかった?
●小林:いや、ジムそのものが世の中になかった。
小玉:そうなんですね(笑)。

●小林:小川山が僕の最初のクライミング。
小玉:どこに行かれたんですか?
●小林:まら岩のJECCというルートです。
小玉:難しいところじゃないですか。
●小林:はい。当時はエイトノットがメインではなくて、ブーリンだった。全然登れなかったです。でも、楽しかった。池田功さんが講習会を開いていらして...
注)ブーリン:登山や船舶で使われる、最も基本的なロープの結び方。手早く結べ、荷重がかかった後でも解きやすい。
注)エイトノット:ダブルフィギュア・double figure eight knot(英)「二重8の字結び」。ロープとハーネス(安全ベルト)を結ぶのに高い信頼を得ている結び方。強度が抜群でゆるみにくいが、過重がかかるとほどきにくいのが難点
注)池田功:フリークライミングの草分け。神話的クライマー。それまで人工的な器具を大量に使って登られていたオーバーハングが連続する谷川岳衝立岩正面壁をフリー化。専門誌『岩と雪』にルート名「グリズリー」で掲載され、センセーションを巻き起こした。

小玉:あの名クライマーの?!
●小林:そうなんです。池田功スクール生のような格好でしたね。

小玉:やってみて、けっこう即座に引き込まれた感じですか?
●小林:全然登れないんです。それまで何もやってきてなかったこともあって。でもとても楽しかった。やっと見つかった「自分が夢中になれるもの」と感じました。

小玉:そのままずっと続けて来られたのですね。最高グレイドはどのくらいまでいきましたか?
●小林:一番登れたので12Bです。
小玉:すごいですね。
●小林:いやいや。そのくらいが限界でした。

小玉:どのルートだったか憶えてますか?
●小林:ブラックホールって、まら岩のレギューラーとか、イレギュラーとか、もうちょっと右の「川上小唄」ってルートありますよね?
小玉:あります。
●小林:その間くらい。
小玉:やったことないです。12とか関係ないから(笑)。「川上小唄」ってキムタクが登ったところでしょ?
●小林:そうです。さんまさんと一緒に登りましたね。
小玉:レギューラーとか、イレギュラーの11をトップロープでトップアウトするのも大変なのに...。
●小林:難しいですよね。

小玉:たとえば、今って視力はどれくらいですっていい方をすればどういう感じですか?
●小林:光感といういい方をします。明るい光だとわかるとか、例えば僕ですと今、上に電気があるのがなんとなくわかる。けれど小玉さんが黙っていると、人がいることもわからない。壁がどこにあるのかもわかりません。明るい暗いがわかるくらいです。磨りガラスの中で暮らしている感じです。そんなイメージです。

小玉:私の母はその昔、盲学校の高等部の教師をしていたんですが、母に聞くと全盲という言い方をいていたと記憶していますが、今はそういう言い方はしないんですか?
●小林:言いますけども、色んないい方があって、どこをもって全盲というか。

小玉:例えば、小林さんみたいに途中から視力を失う場合の方は全盲でも光をわずかに感じたり、生まれつき視覚のない方に訊いたことがあるんですが、暗いとか明るいとかもなく、「エンプティー」であると...
●小林:という人もいます。いろんないい方があってアメリカにいくと、社会的失明とか、医学的失明とかという言い方をします。そもそも障害というのは、矯正の効かない状態を指しますが、0.6以下は社会的失明といって、ようは日常生活を送るのに支障がでてくる。0.1か0.2以下は医学的失明といって、日常生活を送るのが困難というよりもさらに深刻な状態。もちろん全盲という言い方はありますが、ひとくくりにそれだけではないと最近はなっているのかもしれません。

見えなくなっても登り続ける!失意の日々をクライミングが変えた!

●小林:私は16歳でクライミングを始めて、28歳の時に目の病気がわかるんですね。そこまでは普通に見えていて、車も運転していました。あなたの病気は遺伝で網膜の病気です。進行性のもので、治療方法がない。あなたは近い将来失明しますという診断を受けました。とはいえ、その先生から言われる前と次の日から何ひとつ変わらない。徐々に病気は進行していって、なので今くらい見えなくなっても、もちろん困っていることはたくさんありますが、適応する時間的な余地は与えられていたので、でも、ちょっとずつ慣れてきても、また病気が進んでしまって、またそれに慣れないといけないという、状況に追いつかない自分がいたり、難しいですね。
注)病名は網膜色素変性症の類縁疾患、錐体稈体機能不全。目の難病である。徐々に視力が失われ、将来は失明するという診断を受けた。

小玉:同時に心も鍛えられて。
●小林:一番は、おっしゃる通り心の問題ですね。やっぱり人間なんてすごく弱くて、気持ちの波もありますよね。良くないときはほんとうに、色んなことをマイナスに考えてしまって。不安で「もっと見えなくなったらどうなっちゃうんだろう」と、センチメンタルに昔のことを思い出したり、ということも大いにありました。

小玉:そういうふうに徐々に見えなくなっていく中でクライミングは続けられたんですか?
●小林:ポジティブに続けてたというよりは、辞める理由がなかったので、そこそこ続けていた。突然見えなくなったわけではないので、続けられていました。僕がクライミングを始めたころはなかったクライミングジムもでき始めていたので。生活の中にクライミングというものが身近にあった。車を手放してもいける場所もあったし。

kobayasiK005.jpg 小玉:いよいよ見えなくなってきた時には?
●小林:ふたつあると思うんですけど、ひとつは見える見えない関係なく、自分自身がクライミングが楽しいと思えるスポーツだったということ。もうひとつは、自分が目の病気であることがわかって、3年くらい沈んでいる時期があったんですけど、セカンドオピニオンを求めて他の病院へ行っても言われることは同じ。
「なんだよって、医者っていうのは、目の中を一所懸命見ようとするのに、俺がどうやって生きていったらいいかわかんない!って言っているのに、心なんて全然診てくれないじゃないか!」
という、ひねくれた自分もいるわけです。その時に、紹介されて、ロービジョンクリニックというところに行って、そこでケースワークの先生とお会いすることができました。
注)国立障害者リハビリテーションセンター病院(埼玉県所沢市)のロービジョン・クリニックは、病気やけがなどが原因で、見ることに不自由さを感じ困っている人が、少しでも生活しやすくなるように相談・訓練を行う特殊な外来。必要な治療を継続しながら、眼科医師、視能訓練士、生活訓練専門職など複数の職種が関わり、対応している。ロービジョン(Low Vision)とは、何らかの原因により視覚に障害を受け「見えにくい」「まぶしい」「見える範囲が狭くて歩きにくい」など日常生活での不自由さをきたしている状態を指す。

当時、斜に構えていたので、
「先生、僕、将来失明するといわれました。仕事も続けられなくなるだろうし、いったいどうやって生きていったら良いんですか?あんまさんになるんですか?点字を習ったら良いんですか?見えなくなる日のためにどんなことを準備すれば良いんですか?」
と訊ねました。そしたらその先生が言われました。
「私たちがあなたに出来ることは何もないです。大切なことは、これからあなたが何ができなくなるかより、あなたが何をしたいのか、どう生きていきたいのかを考えてください。そのあなたがどうしたいのかを持てば、周りの人も社会の仕組みもあなたのことを応援できるはずです。自分の人生を生きてください」と。

それがきっかけで沈み込んでいた3年くらいを抜け出し始めて、自分を振り返ってみたんです。務めていた会社がお客さんをカヌーとかキャンプとか山登りに連れて行っていたので、ガイドをする経験もある(西武百貨店のハウスエージェント)、転職する前は旅行会社に務めていて、添乗員や営業のノウハウもある。大学生のころは東急ホテルのバーで3年くらいアルバイトしていたのでサービス業も勉強した。
それらを踏まえて「自分に出来ることって何だろう」と思った時に、障害を持っても、過去自分が生きてきた人生を肯定できるような、点を線にして繋いでいくような方が、ポジティブに生きていけるだろうと思えたんです。つまり、これまでの人生を全否定してあんまさんになるんじゃなくて。そう考えていくとクライミングというものが浮上してきました。
それまでは、自分が楽しめて満足できるクライミングが第一だった。当時は平山ユージというスーパースターがいました。すごいなと思っていましたが、僕はそういった感じではなかったけれど、心から楽しかった。その「楽しかった」という自分の心を人に伝える。クライミングの魅力を伝えて人に喜んでもらう。というふうに自分のクライミングが人と共有するものに変わってきた。その思いが、自分が目に病気になっても、クライミングを続けていくというモチベートになっていると思います。

障害があることは特別なことではなく、その人の「特徴」!ということ...

小玉:今はジムがたくさん増えていますが、そういったジムに望むことは?
●小林:これだけメディアにクライミングという言葉が踊るようになり、目の見えない人も、「自分たちもやってみたいな」と思う人も多いと思います。けれど現実的にはジムに「行っても良いですか」と問い合わせると、大方は「危ないから止めて」とか、「そういった団体があるから、そちらに連絡してくれ」と返ってきます。そんなこと言わずに、そんなに特別な人じゃないから、是非受け入れてほしい。そのために野口啓代さん(「あそびすと」の掲載記事はこちら)に協力してもらって、PVを作ったりもしています。そういったことも含め情報を広めていきたいと思っています。やっぱりユニバーサルな縮図としてクライミングは、わかりやすいと思っているので、クライミングジム運営の方々にもクライミングというのは、「こういう人たちが楽しむこういうもの」という固定概念にとらわれず、オープンマインドで見てもらえたらありがたいな。
注)PV「視覚障害者と楽しむフリークライミングボルダリングジム編」
https://www.youtube.com/watch?v=Q9bUhlzns_g

kobayasiK006.jpg 小玉:イベントごとじゃなくて来られても、ビレイヤーの方とふたりでなく、ひとりで来られても?...
●小林:ひとりで来てやれるならもちろんありがたいですけど、それは無理だと思います。そこにくるまでの介助も必要だと思います。例えば平日の日中に来るとか。ちゃんとお店の人と連絡をとって、調整をするとか。朝一で来て、店員さんに課題を教えてもらうとか。そこは人間的な部分で障害者だけの話ではないですけど。

小玉:Rock&Wallは朝7時から営業していますよ。
●小林:他では、僕が知っているのは、新宿のエスカラードさんが月金の朝だけ営業していますね。そういう時間帯にお店のスタッフときちんとやりとりできる、お話をする力、相談をする力というのが必要なのは、われわれ障害者当事者なんです。そういった中でうまく行かなかった時の橋渡しをするというのは、僕らモンキーマジックの仕事です。ビデオを作ったのもそうなんですけど、みなさんに伝わるように情報を整えることも僕らの仕事です。

小玉:この間イベントに参加させていただいて、障害者と一般の方もいらして、そういう中でクライミングを軸に双方が同じベースに立って楽しい時間・空間を持つ、素晴らしいと思いました。
●小林:接点がないと、障害を持っている人は特別な生き物になってしまう。たとえば、白い杖をもっている人がいるとその人ではなく杖を見てしまう。車いすに乗っていると、人じゃなくて車いすに乗っている人になる。でも、僕らがしてほしいと思うことは、杖を持っている人ではなくその人を見る感じになってもらえたら人間関係が変わるのではないかな、同じクライマーとしての仲間になっていくのではないかと思うんです。「あの人と酒を飲みに行ったら、面白かった。今度一緒にまた行こうよ」という具合に。そういう意味で、外見で判断するのではなく、つき合う方法とか遊び方を選んでいく。

小玉:障害はただ「差しさわり」として捉えてしまうと、自信を失ってしまうけれど、その人が受け入れなくてはならない自分の特長として捉え、周りもそう受け止めればユニバーサルな視点が生まれる。
●小林:そうなんですよね。背が低いとか高いとか、そういった話だと思います。たとえで良く言うんですけど、身長が190センチくらいの全盲の力のある男性と、身長140センチくらいの力のない目が見えている女性だったら、クライミングをするのに有利なのはどっちか?となれば、比較しずらいですよね。

小玉:先ほどのイベントの話ですが、現在はどことどこが会場ですか?
●小林:東京では2ヶ所。フライデーマジックはここRock&Wallですね。マンデーマジックは高田馬場エナジーで。茨城県筑波のサタデーマジック。それから、北海道札幌で蝦夷モンキー。11月1日から大阪でなにわモンキー。テーマは交流イベント。クライミングを通じていろいろな人がつながって仲間を広げていくような。昔は視覚障害者が参加できるクライミングスクールをやるのがモンキーマジックだったのですが、今はクライミングにいろいろな人が気軽に参加できる機会を設けていて、そこからステップアップしたい人は、次の手が出てくると思うので。

小玉:各、イベントは毎月一回ですか?
●小林:そうですね、R&Wさんは、年明けから毎月月一でフライデーマジックをやりたいなと。札幌はもう19回開催しました。

小玉:参加者数も増えてきたということですが、賛同する一般の方も増えていますか?
●小林:健全だなと思うのは、1回来て次は来ない人もいることだと思います。つまり、僕らがやっていることはピラミッドだと思うので、まず、クライミングというスポーツそのものが深みと広がりを持っている。だから「最近、話題だから行ってみようよ」というのでやって来た目の見えない人が、「クライミングよりマラソンの方が楽しいよ」、「カラオケの方が楽しいよ」という場合があって当然なんです。「あの人には向いてそう」だから行ってみる............じゃなくて......とりあえず行ってみるから始まって、好きになっていく人もいて、離れていく人もいて、人が循環しているんです。それが健全だなって。
僕が10年前に始めたころは、モンキーマジックのお客さんは全部で5人説というのがあるくらい少ない人数でなんとか回している状況だったり、盲学校とか、専門のリハビリ施設とか様々にお願いして回ったんですけど、最初のうちはほんとに、「あんた何言っているんですか?」「目の見えない人に岩登りなんて危ないことをさせられるわけはないでしょ」だったのが、状況が大きく変わりました。

パラクライミング競技者として思うこと...

小玉:最近のご活躍は目を見張ります。戦績はどんなでしょう?
●小林:一番最近ですと、今年2015年の7月にアメリカのアトランタで開かれた、全米障害者クライミング選手権で、視覚障害者男子部門で金をいただきました。2014年には、ワールドチャンピオンシップ、世界選手権のパラクライミングB1というクラスで金メダルでした。
B1というのは、Bは、ブラインドのBで、1、2、3のカテゴリーがありまして、1が一番見えない人たち、強度の弱視、普通の弱視という段階分けです。

小玉:お出になったのは?
●小林:一番見えないB1です。

小玉:試合に出るというきっかけは?
●小林:一番最初は、2006年に第1回のパラクライミングのシリーズ戦がロシアで開かれていて、今でいうところのワールドカップですね。それに行ったのがきっかけ。

小玉:どうでしたか?
●小林:優勝です。その時はイタリアからとか、ベラルーシュとか、ロシア、中国、東欧の国の選手が多かったです。スピードクライミングでした。

小玉:この間の世界選手権は?
●小林:2014年のスペイン。
小玉:何カ国くらいの出場だったんですか?
●小林:パラクライミング全体で20カ国以上。競技がすごく細分化されているので。2011年、イタリアのアルコで開かれた、世界選手権に最初に障害者クライミングが入れられた時より、ぐっと増えたと思います。
小玉:その時は?
●小林:B2クラス。で金メダル。

kobayasiK007.jpg 小玉:様々に体験してこられたことが、集約的に結実した感じでしたね。

●小林:僕自身としては、大会に出ることよりも、メダルを持って帰ってくることの周りに及ぼす力に目を見張ります。もちろんいろいろと言う人はいます、例えば、「レベルがまだまだ低い」とか、「人数が少ない」とかね。けれども金メダルを獲って帰ってくること自体が、小学校の授業で話をさせてもらった時などに、どれほど子供たちの夢に繋がるのかを考えます。出発する前に大泣きする方もいて、とても喜んでいただいて、クライミングが共有できるものに変わったと実感します。同時に視覚障害の皆さんにクライミングがもっと広がっていってほしいと思います。
選手権に出るということは、もちろん嬉しいです。子供のころ運動が一番苦手だった子が、まさか日の丸のユニフォーム着て、表彰台の一番上で君が代を聞くなんて信じられないです。それが、日本に帰って来ていろいろな人に会って、自分のためだけのものではなくて、人と共有して多くの人に笑顔とか元気とか力とか持ってもらえるようになることが嬉しいですね。

小玉:突然、視力を失ってしまうケースもあるように聞いてまして、その時の心中いかばかりか想像もつきませんが、そういう様々な方にとっても大きな力になるのではないかと思います。
●小林:少しでも伝えられたら嬉しいですね。ひとりが出来ることは知れてますし、伝えられることも知れてます。間違えたり失敗したり、それでも自分が今こうだろうと思うことをやりながら、自分に伝えられることがあることが嬉しいです。

小玉:活動ということにしぼるとイベント以外で講演されたりすることはありますか?
●小林:小学校の授業に呼ばれることが多いですね。
小玉:普通の小学校ですか?
●小林:そうです。今、日本サッカー協会の「夢先生」という仕事をやらせていただいていて、スポーツで活躍した人を呼んで小学校5年生の教室で夢の大切さを伝えるというものです。登録をしておいて、3ヶ月に一度ほど出かけていきます。
他にも外資系の企業に声をかけていただいたり、医大生に患者の声を聞いてもらったり、さまざまなステージがあります。
明日から熊本に行くんですけど、国立青少年自然の家で体験学習の一環として実習するんですけれども、まさにR&Wでやらせていただいた障害のある人と一般の人が一緒にスポーツをしたらどうなるか?ユニバーサルな社会とは?というのがテーマです。
注)JFA・日本サッカー協会では「こころのプロジェクト」と題し、現役のJリーグ選手やなでしこリーグ選手、そのOB/OGなどのサッカー関係者、および、他種目の現役選手、OB/OGを、「夢先生」として、小学校に派遣し、「夢の教室」と呼ばれる授業を行い、「夢を持つことの大切さ」、「仲間と協力することの大切さ」などを講義と実技を通じて子どもたちに伝えている。

小玉:サポートの方は大会に一緒に行かれるんですか?
●小林:僕が大会に出る時のサポートの人は、2011年のアルコから一緒です。たまたま向こうに行って、誰が誰のサポートか決まっていなくて、現地で決まった感じです。

小玉:それからずっとお付き合いされているんですか?
●小林:そうですね。その後、2012年のパリの大会、2013年のギリシャも。13年14年の中国も。ギリシャの時はコスの空港まではひとりで行っていて、彼が別のお客さんをガイドした後で、待っていて。
小玉:どこに行かれるのもお一人で?
●小林:けっこう、ひとりが多いですね。
小玉:今日は貴重なお話しをありがとうございました。

kobayasiK008.jpg 【主な戦歴】
2006年 第1回パラクライミング選手権視覚障害男子の部優勝・ロシア
2011年 第1回クライミング世界選手権WorldChampionshipパラクライミング部門男子B2クラス優勝・イタリア
2012年 第2回クライミング世界選手権WorldChampionshipパラクライミング部門男子B2クラス第2位・フランス
2013年 第3回クライミング日本選手権視覚障害者部門総合優勝
2014年 第3回クライミング世界選手権WorldChampionshipパラクライミング部門男子B1クラス第1位・スペイン
2015年 全米障害者クライミング選手権視覚障害者男子部門第1位・アメリカ

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読み物 VIVA ASOBIST   記:  2016 / 01 / 01

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